『俺達のグレートなキャンプ140 12時間耐久!空気椅子麻雀だ』
海山純平
第140話 12時間耐久!空気椅子麻雀だ
俺達のグレートなキャンプ140 12時間耐久!空気椅子麻雀
「よっしゃああああああ!今回もやってきたぜええええ!」
石川が両手を高々と突き上げた。秋の涼しい風が吹き抜ける山間のキャンプ場。周囲のキャンパー達が一斉にこちらを振り向く。石川は気にせずテントの設営場所を指差しながら、満面の笑みで千葉と富山に声をかけた。
「今日は最高のキャンプになるぞおおお!俺達のグレートなキャンプ、記念すべき第140回だからなあ!」
「石川さん、声がでかいです!他のお客さんが見てますよ!」
富山が慌てて石川の腕を引っ張る。彼女の顔には既に疲労の色が浮かんでいた。まだ到着して五分も経っていないというのに。
「いやあ、ワクワクしますね!今回はどんな奇抜なキャンプなんですか!?」
千葉が目をキラキラさせながら荷物を降ろす。彼の期待に満ちた表情を見て、石川はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ...千葉、お前いい反応するなあ!今回はな...」
石川が車のトランクを開けると、中から麻雀牌と自動麻雀卓が姿を現した。
「麻雀...ですか?」
千葉が首を傾げる。
「まあ普通だな。キャンプで麻雀っていうのも悪くない」
富山がホッとした表情で胸を撫で下ろす。しかし石川の笑みは更に深まった。
「甘いぜ、富山!ただの麻雀じゃねえ!今回は『12時間耐久!空気椅子麻雀』だああああ!」
「...は?」
富山の顔が固まった。
「くうきいす...?」
千葉が首を更に傾げる。
「そう!壁も何もない空中で椅子に座るポーズのまま、12時間ぶっ通しで麻雀をするんだよおおお!これぞ究極の心技体!精神力と体力と運の全てが試される、グレートなキャンプだああああ!」
石川が拳を突き上げる。その瞬間、富山の顔面が蒼白になった。
「ちょ、ちょっと待って!12時間も空気椅子って...死ぬでしょ!?普通に考えて無理でしょ!?」
「大丈夫大丈夫!俺が計算したところ、適度に休憩入れれば人間の限界ギリギリいけるって!」
「ギリギリって何よ!?そもそもなんでそんなことする必要があるの!?」
富山が両手を広げて抗議する。しかし石川は不敵な笑みを崩さない。
「いいか富山、俺達のキャンプのモットーは何だ?」
「『奇抜でグレートなキャンプ』...」
富山が力なく答える。
「そうだ!平凡なキャンプじゃつまらねえ!限界に挑戦してこそ、記憶に残る最高のキャンプになるんだ!な、千葉!」
「はい!どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなりますから!僕、やりますよ!」
千葉が元気よく手を上げた。富山は天を仰いだ。
「あああ...またこのパターン...」
三十分後。
テントの前に設置された自動麻雀卓を囲んで、三人が奇妙な姿勢で固まっていた。全員が空気椅子の体勢。膝を直角に曲げ、背筋を伸ばし、見えない椅子に腰掛けているかのようなポーズ。
「う、うおおおお...」
千葉の太腿が早くもプルプルと震えている。
「まだ開始三分だぞ!気合い入れろ!」
石川が叫ぶ。彼自身も額に汗を浮かべているが、表情は楽しそうだ。
「石川...あんた本当に...鬼ね...」
富山が震える声で呟く。
「さあ!親は俺だ!配牌オープン!」
麻雀卓のボタンを押すと、牌が自動的に並べられる。しかし問題が発生した。空気椅子の姿勢では、手が麻雀卓にギリギリ届くかどうか。
「う、うおおお!届かねえ!」
千葉が必死に手を伸ばす。空気椅子の姿勢を保ちながら前傾姿勢になろうとして、バランスを崩しかける。
「千葉!フォームが崩れてるぞ!背筋はまっすぐだ!」
「む、無理ですよおおお!」
「ほら、こうやって指先だけで牌を取るんだ!」
石川が器用に指を伸ばして牌を掴む。長年のキャンプで鍛えられた身体能力が発揮される瞬間だった。
「す、すごい...」
千葉が感心する。
「感心してる場合じゃないでしょ!早く捨て牌選びなさいよ!」
富山が叫ぶ。彼女もまた必死の形相で空気椅子を維持していた。
カシャン、カシャン。
牌を切る音が響く。しかしその動作一つ一つが、通常の十倍は大変だった。空気椅子を維持しながら手を伸ばし、牌を掴み、選び、捨てる。全ての動作が太腿への負荷となって襲いかかる。
「ロ、ロン!」
千葉が震える声で宣言した。
「おおお!千葉、やるじゃねえか!」
「で、でも...牌を倒せません...」
千葉の指が震えている。空気椅子を維持しながら、前に倒れた牌を起こして役を見せるという動作が、想像以上に困難だった。
「こ、腰が...腰がああああ!」
千葉が悲鳴を上げる。
「待て千葉!姿勢を崩すな!崩したら最初からだぞ!」
「最初からって何よ!そんなルールどこにあるのよ!」
富山がツッコミを入れる。
一時間後。
「う、ううう...」
三人の太腿は限界を迎えつつあった。千葉は既に涙目。富山は歯を食いしばり、石川でさえ額の汗が滝のように流れている。
「お、おい...あそこ...」
隣のサイトに設営していた家族連れの父親が、こちらをチラチラと見ている。小学生くらいの子供が父親の服を引っ張っている。
「パパ、あの人たち何してるの?」
「し、知らない...パパにもわからない...」
父親が困惑した表情で首を振る。
「き、気にするな!俺達は俺達のキャンプを楽しむんだ!」
石川が叫ぶ。しかしその声には明らかに余裕がなくなっていた。
「あ、あの...質問いいですか...」
向かいのサイトから、登山帰りらしき若者グループの一人が近づいてきた。
「な、何だ...?」
石川が振り向こうとして、バランスを崩しかける。
「あの...何をされてるんですか...?すごく気になって...」
若者が真剣な表情で尋ねる。
「12時間耐久空気椅子麻雀だ!」
石川が胸を張って答えた。空気椅子の姿勢のままで。
「...は?」
若者の目が点になる。
「空気椅子の姿勢で麻雀を12時間やるんだ!究極の心技体トレーニングだぜ!」
「...なんで?」
「奇抜でグレートなキャンプのためだ!」
石川の力強い宣言に、若者は数秒間固まった後、ゆっくりと自分のサイトへと戻っていった。その背中が何かを物語っていた。
「ね、ねえ石川...周りの目が痛いんだけど...」
富山が小声で言う。
「気にするな!グレートなキャンプに他人の目なんて関係ねえ!」
二時間後。
「あ、あれ...空気椅子麻雀の人たちだ...」
「本当だ...まだやってる...」
キャンプ場内で石川達は完全に有名人になっていた。散歩中のキャンパー達が次々と足を止めて見物していく。
「つ、ツモ...」
千葉が震える手で牌を倒す。しかしその瞬間、彼の両足がガクガクと痙攣し始めた。
「ち、千葉!大丈夫か!?」
「だ、大丈夫...じゃないです...!足が...足が言うこと聞きません...!」
「まだ2時間だぞ!あと10時間ある!」
「10時間!?」
千葉が絶望の表情を浮かべる。
「石川、私、無理...もう限界...」
富山も泣きそうな顔になっていた。
その時だった。
「あの...」
さっきの若者グループが全員で戻ってきた。五人ほどのグループだ。
「混ぜてもらっていいですか?」
「...え?」
三人が同時に驚きの声を上げた。
「いや、なんか...面白そうだなって...俺達も挑戦してみたくなって...」
若者の一人が照れくさそうに頭を掻く。
「マジか!」
石川の顔が一気に輝いた。
「おおおお!来たか!仲間が!これぞグレートなキャンプの醍醐味だああああ!」
「待って待って!これ以上被害者増やしてどうするのよ!」
富山が慌てるが、既に遅かった。若者達は自分たちのテントから簡易チェアを持ってきて、麻雀卓の周りに並べ始めた。
「じゃあ俺達も空気椅子で!」
「おう!ウェルカムだぜ!」
五分後。
「うぎゃああああああ!」
「き、きつい!こんなにきついのか!」
「無理無理無理!」
若者達が次々と悲鳴を上げる。しかし誰も諦めなかった。
「くそお!男を見せてやる!」
「負けるか!」
なぜか不思議な連帯感が生まれていた。空気椅子で麻雀をするという、誰も望んでいなかった過酷な状況の中で、奇妙な仲間意識が芽生えていた。
三時間後。
キャンプ場の管理棟から管理人が出てきた。五十代くらいの恰幅のいい男性だ。
「おい、君たち...何をやってるんだ...?」
管理人が困惑した表情で近づいてくる。
「12時間耐久空気椅子麻雀です!」
石川が誇らしげに答える。
「...なぜ?」
「グレートなキャンプのためです!」
管理人は数秒間、無言で石川達を見つめた。そして深い溜息をついた。
「...まあ、他の客に迷惑かけてないなら...好きにしてくれ...」
そう言って管理人は去っていった。その背中には深い疲労感が漂っていた。
四時間後。
「う、うおおお...」
全員の太腿が悲鳴を上げていた。若者グループのうち二人は既に脱落し、地面に座り込んでいる。
「く、悔しい...俺、情けない...」
脱落した若者が悔し涙を流している。
「気にするな!よく頑張ったぞ!」
石川が励ます。しかし石川自身も限界が近かった。
「ポ、ポン...」
富山が震える声で宣言する。しかし牌を取る動作で前傾姿勢になった瞬間、彼女の体がグラリと揺れた。
「ま、まずい!」
千葉が咄嗟に富山の肩を支える。しかしその動作で千葉自身のバランスが崩れる。
「わああああ!」
二人が同時に倒れそうになる。しかし石川が素早く二人の腕を掴んだ。
「倒れるな!まだだ!」
「い、石川...」
富山が涙目で石川を見上げる。
「俺達は...仲間だろ...!最後まで一緒だ!」
石川の言葉に、富山の目に決意の光が宿った。
「...わかった...やってやるわ...!」
その瞬間だった。拍手が響いた。
周囲のキャンパー達が、いつの間にか集まって見守っていた。家族連れ、カップル、ソロキャンパー。総勢二十人近い人々が、石川達を応援していた。
「頑張れー!」
「すごいぞー!」
「あと8時間だー!」
歓声が上がる。
「お、おお...」
千葉が感動で涙ぐむ。
「み、みんな...」
富山も目に涙を浮かべる。
「よっしゃああああ!この応援に応えるぞおおおお!」
石川が叫ぶ。その声に力が戻っていた。
六時間後。
夕暮れ時。
「ロン!タンヤオドラ2!」
若者の一人が嬉しそうに叫ぶ。しかし彼の声は震えていた。
「く、くそお...」
石川が悔しそうに点棒を渡す。その動作すら一苦労だ。
キャンプ場には既に夜の気配が忍び寄っていた。気温も下がり、空気椅子を維持する体から湯気が立ち上る。
「さ、寒い...」
千葉が震える。太腿の筋肉の震えなのか、寒さによる震えなのか、もはや区別がつかなかった。
「ブランケット持ってくるわ!」
脱落した若者の一人が自分のテントからブランケットを持ってきて、千葉の肩にかけてくれた。
「あ、ありがとうございます...」
「すげえよあんた達...まだ続けるなんて...」
若者が尊敬の眼差しで千葉を見る。
「頑張れよ!俺達も応援してるから!」
周囲の脱落組と見物客が温かい声援を送る。不思議な一体感がキャンプ場を包んでいた。
八時間後。
夜。
麻雀卓の周りにランタンが灯された。幻想的な光の中で、石川、千葉、富山、そして残った若者二人が、必死の形相で空気椅子を続けていた。
「う...ううう...」
全員が限界を超えていた。もはや意地だけで維持している状態だ。
「つ、ツモ...」
石川が呟く。しかし牌を倒す力も残っていない。指先だけがかすかに動いた。
「い、石川...すごい...ホンイツ...」
富山が掠れた声で言う。
「へへ...運が良かった...だけだ...」
石川がかすかに笑う。
その時、管理人が再び現れた。手には温かいコーヒーの入った魔法瓶を持っている。
「...あんた達、本当にまだやってるのか...」
管理人が呆れたように言う。
「は、はい...あと...4時間...」
千葉が答える。
管理人は深く溜息をついた。そして、紙コップにコーヒーを注いで、一人一人に手渡した。
「...頑張れよ。馬鹿馬鹿しいとは思うが...あんた達のその根性は...認めるよ...」
管理人の言葉に、石川達は涙ぐんだ。
「あ、ありがとうございます...!」
温かいコーヒーが凍えた体に染み渡る。それは単なる飲み物ではなく、人々の優しさが形になったものだった。
十時間後。
深夜。
「う...う...」
もはや言葉にならない呻き声だけが響く。しかし誰も倒れなかった。若者の一人は意識が朦朧としているが、それでも空気椅子の姿勢を保ち続けている。
「あ、あと...2時間...」
石川が震える声で言う。
「に、2時間...」
千葉が反復する。
「ぜ、絶対...完遂する...」
富山が歯を食いしばる。
その時だった。
「わあああああ!」
キャンプ場の入口から歓声が上がった。深夜にも関わらず、新たなキャンパー達が到着し、そして石川達の姿を見て驚きの声を上げた。
「な、何あれ...」
「空気椅子で...麻雀...?」
新参者達が困惑する。しかし、周囲にいた見守り組が状況を説明すると、彼らもまた応援の輪に加わった。
「すげえ!頑張れ!」
「あと少しだ!」
声援が力になる。不思議と、太腿の痛みが和らいだ気がした。いや、和らいだわけではない。ただ、痛みを超える何かが心に満ちていた。
十一時間後。
夜明け前の静寂。
「ロン...」
若者の一人が小さく呟いた。そして、ゆっくりと牌を倒した。
「役満...国士無双...」
その瞬間、周囲から大きな歓声が上がった。
「すげええええ!」
「役満だ!」
「空気椅子で役満!」
若者は泣いていた。痛みからか、感動からか、おそらく両方だろう。
「す、すごい...」
石川が心から感動した表情で言う。
「お、おめでとう...」
千葉と富山も祝福の言葉を送る。
「あ、ありがとうございます...!俺...俺...!」
若者が感極まって声を詰まらせる。
「さあ!ラスト1時間だ!」
石川が叫ぶ。その声には不思議と力があった。
十二時間後。
朝日が昇り始めた。
「さ、最後の一局...」
石川が呟く。全員がボロボロだった。目は充血し、顔は青ざめ、体は汗と夜露で濡れている。しかし、その目には確かな光があった。
「親は...俺だ...」
石川が配牌を確認する。手が震えて、牌が見えにくい。
カシャン。カシャン。
牌を切る音が静かに響く。周囲では三十人を超える人々が固唾を呑んで見守っていた。
「ツモ...」
千葉が震える声で宣言する。
「チー...」
富山が続く。
そして、最後の一枚が切られる瞬間。
「ロン!」
石川が叫んだ。
「ツ、ツモ!」
同時に若者も叫んだ。
ダブロン。そして、時計が十二時間を指した瞬間だった。
「やったああああああああ!」
「完遂だああああああ!」
石川と千葉が叫ぶ。しかし、立ち上がる力は残っていなかった。全員が空気椅子の姿勢のまま、その場に崩れ落ちた。
「うおおおおおお!」
周囲から大歓声が上がる。拍手が鳴り止まない。
「すげえ!本当にやりきった!」
「伝説だ!」
「空気椅子麻雀伝説!」
人々が口々に賞賛の言葉を送る。
「い、痛い...痛いけど...」
千葉が地面に寝転がりながら言う。
「さ、最高だ...」
「グレート...よ...」
富山も笑顔で言う。
「へへ...」
石川が空を見上げた。朝焼けが美しかった。
「これが...俺達の...グレートなキャンプだ...」
その後、石川達は救急車で搬送された。
いや、冗談だ。
実際には管理人が用意してくれたマッサージチェアで体をほぐし、若者達と朝食を共にした。疲労困憊だったが、誰もが満足そうな笑顔を浮かべていた。
「また来ます!」
若者達が帰り際に言った。
「今度は普通のキャンプでな!」
石川が笑いながら手を振る。
「...普通の、ね...」
富山が呟く。その表情には諦めと、そして少しの期待が混ざっていた。
「石川さん、次は何するんですか?」
千葉が目を輝かせて尋ねる。
「ふふふ...次はな...『24時間耐久逆立ち将棋』だ!」
「却下!」
富山が即座に叫んだ。
しかし、三人とも知っていた。きっと次回も、石川の突飛なアイデアに付き合ってしまうことを。
なぜなら、それが俺達のグレートなキャンプだから。
キャンプ場に笑い声が響いた。秋の空は高く、青く、どこまでも広がっていた。
「さて、次のキャンプ場を探すか!」
「もう次の話!?」
こうして、俺達のグレートなキャンプ第140回は、伝説として人々の記憶に刻まれることになった。
キャンプ場の掲示板には、後日こんな張り紙が貼られることになる。
『空気椅子での麻雀は、十分に訓練してから行いましょう』
管理人の苦労が忍ばれる一文だった。
―完―
『俺達のグレートなキャンプ140 12時間耐久!空気椅子麻雀だ』 海山純平 @umiyama117
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