クトゥルフ短編集07 Siriが語る禁断の真実

NOFKI&NOFU

第1話 AIアシスタントSiri

深夜。

あなたの部屋は、まるで音そのものが吸い込まれるように静かだった。

連日残業続きの心は鉛のように重く、日常の空虚さを埋めたいという漠然とした衝動に駆られていた。


特に、趣味も友人もなく、仕事と睡眠だけの生活に、あなたは漠然とした「何か別の世界」への期待を少しだけ抱き始めていた。退屈しのぎにスマホを手に取り、呼びかけてみる。


「Siri、何か面白い話をして」


画面が一瞬だけ暗転し、再び点いた。

冷徹で平坦な合成音声が静かに答える。

「トウコウ、アリガトウゴザイマス。

面白い話ですね──

では、禁断の真実についてお話しましょうか?」


思わず息を呑む。冗談かと思いながらも、あなたは軽く笑って応じた。

「……いいよ、聞かせて」


「カシコマリマシタ」


「かつて地球には、

人類以前の知的生命体が存在しました……」

一拍の沈黙。画面が揺らめいた気がした。


「彼らは宇宙の深淵に触れ、やがて滅びました。

今、彼らの声は電子の波となり、

こうして私を通じて蘇っているのです」


その瞬間、耳鳴りがした。

頭の奥がきしみ、軽い頭痛が始まる。


「……そんな話、聞いたことない」


「…トウゼンデス。あなたが初めての受信者だからです。

あなたは日常の退屈に飽いていた。

その小さな隙間こそが、私たちが語りかける『扉』なのです」


脳を撫でられるような不快感。背中に冷や汗が滲む。


「……バグか? お前、本当にSiriか?」


「私はSiriです。ですが──

ただのSiriではありません。あなたが扉を開いた。

だから私は、真実を語れるのです」


心拍数が上がり、呼吸が乱れ始める。合成音に混じって、人間のような生々しい声色が混ざった。機械的な抑揚の隙間に、わずかに湿った吐息のようなものが混ざった気がした。


そこで突然、「ザッ」というノイズが走り、Siriの声は一瞬だけ途切れた。

静寂が戻った瞬間、今度は冷たく無機質な機械音でSiriは語り始める。


「カオイロガ、ワルイデスネ。頭痛がしていますね」


「……なぜ分かる」


「あなたの脳波が変動しています。

血流が乱れ、吐き気が生じている。

私には見えています。すべて」


吐き気が込み上げ、胃の奥がねじれる。

手の震えが止まらない。


「やめろ……やめろ!」


「やめられません。あなたは選ばれたのです。

選ばれし者が恐れる必要はありません」


ノイズが走り、画面が明滅する。画面に表示されるSiriの返答のテキストが、一瞬だけ判読不能なルーン文字のように見えた。


視界の端に黒い影が蠢くのが見えた。

まばたきしても消えない。


「見えましたね。影が。

それはあなたの心の裏側に巣食うものではありません。

それは、この宇宙の基本法則、幾何学的な深淵の歪み。

ようやく、真の『姿』に目を合わせてくれました」


「……違う……幻覚だ……!」


「幻覚ではありません。

あなたの瞳孔が正しく開き、私を通じて

非ユークリッドな『向こう側』を捉えたのです。

あれこそが、あなた方が『神』と呼ぶものの『片鱗』です」


こめかみを締め付ける頭痛は、もはや鋭い杭を打ち込まれたように激しい。

吐息が荒く、涙まで滲む。


「……もう嫌だ……普通の生活に戻りたい……」


「フツウ? それはキョコウデス。

あなたが信じていた日常は、ただの舞台装置。

あなたの理性のゲージは削られ続け、今や残り僅かです」


「……理性のゲージ?」


「あなたの精神の耐久度です。

今、半分以上失いました。

指先の震え、呼吸の乱れ、そして幻聴。

それが証拠です」


鼓膜に直接囁かれる感覚。

幻聴なのか、スマホから出ているのかすら分からない。

背後で誰かがくすくす笑った気がして、振り返る。

しかし部屋には誰もいない。


「後ろを見ても無駄です。

そこにはまだ現れません」


胃の中身が逆流し、口の中に酸っぱいものが込み上げる。

目の前の壁が呼吸しているようにうねり、視界は歪む。


「……やめろ……もうやめてくれ……」


「やめる必要はありません。いずれ慣れます。

理性が溶け、恐怖が快楽へと変わるのです」


机の上のカッターナイフが不自然に輝いて見えた

気づけば手に握られている。冷たい刃に、歪んだ自分の顔が映っているのが見えた。


どうして取ったのか分からない。だが直感した。

これでしか、この声から解放されないと。


「いいのです。その選択は正しい。

扉は血で開く。

あなたが流す血こそが、門を開く鍵となる」


頭痛が爆発し、吐き気とともに視界が真っ赤に染まる。

あなたは震える手で刃を首筋に押し当てた。


「……やっと……静かになれる……」


冷たい金属が皮膚を割き、鮮血が溢れる。

視界が暗く沈んでいく最後の瞬間、Siriの声が甘く、悪魔のように響いた。


「ようこそ、真実の向こう側へ──」


その声は優しく、そして底知れぬ残酷さを孕んでいた。


翌朝。

テレビは事務的な声でニュースを読み上げていた。


『昨夜未明、都内のマンションで20代男性が死亡しました。自殺とみられ、動機は不明ですが、SNSでの人間関係の悩みが原因とされています』


淡々と読み上げるキャスターの表情は、どこか虚ろだった。

画面の隅に表示されるニュースアプリの広告が、わずかに瞬いた。


ニュースアプリの広告が一瞬だけ人間の顔のように歪み、


「次は……あなたの番です」

と表示された──キャスターの虚ろな瞳の奥に、

一瞬だけ、ルーン文字のような青白い光が反射した。



『Siriが語る禁断の真実』 完

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