第3話


「え、えっとじゃあ西門の道が開ける前まで……お願い出来ますか?」

「うむ、了解した」


「ふわぁー! 本当にモッフモフだぁ」

「ふっふっふ。我の毛並みに目を付けるとはなかなか有望な目をしておるな」


「……」


 女の子の素直な反応が嬉しいのかフェンリルは尻尾をブンブン振っているのが遠めでもよく分かる。


 そもそも、人前に「聖獣」が現れる事自体書物に書かれてもおかしくない程の出来事だ。


 そして、男の子はもしかしたら学校にでも通っているのか既にフェンリルの事を知っている様に思えた。


 でもきっと今日の出来事を話したところで信じてくれる人は……きっといない。


 それは男の子本人がよく分かっているはずだ。だからきっと後で妹にも「今日あった事は内緒な」とでも言うだろう。


 ちょっと可哀そうな気もするが、きっとその方が良い。仮に話を聞きつけて変な輩に絡まれたら大変だ。


 ただ、実はソフィアはちょっとだけ懸念している事があった。


 それは「こんな子供を乗せて走って大丈夫なのか」と心配になったという事だ。


 でも、そんなソフィアの心配もすぐに乗ろうとフェンリルに近づくとコソッと「地の魔法と風の魔法であやつらを守ってやれ」と言われて納得した。


「……分かりました」


 口ではそう返事をしたものの、それでもちょっと不安になった。なぜなら「自分に魔法をかけるならともかく人に魔法をかけるのはかなり技術がいる」とされていたからだ。


 その理由の一つして使う相手に「そもそも魔法に耐えられる器なのか」や「魔法の特性」などによって効きすぎてしまう心配があったからである。


 そもそも魔法には人によって同じ魔法でも効きやすい属性や効きにくい属性があるとされている。


 ガルフツスカ王国では魔法を使える人の方が珍しいどころか全員貴族だった事もあり賊や敵意のある相手でもなければ庶民に向かって魔法を使う事はそうそうなかったため気にする事はなかったが……。


 ただ、少なくともソフィアの魔力の強さなどを目視で分かるフェンリルがこう言っているという事は二人にこの属性の魔法を使っても問題ないという事なのだろう。


「なに、魔法とは言っても付与だ。それくらいであればこの国の子供であれば耐えられる」

「!」


 ソフィアの不安を感じ取ったのかフェンリルはさらに付け足した。なるほど、それならば普通の魔法とは違って危険性もほとんどない。


 ただ、全く魔力のない人間にこれを使ってしまうと……この二つの属性の場合、まるで酔っ払った様な感じになって「前後不覚」になる可能性は否定出来ない。


 もちろんしばらく休めばその症状もなくなるのだが……正直、一言に「魔法」と言っても便利なものとは限らないのである。


「ほら、サッサと乗れ」

「お姉ちゃん早く早く!」

「おい、あんまり足をバタつかせるな!」


 先に乗った二人の会話を聞いて思わず教会にいた頃を思い出し「フフッ」と小さく笑いつつ、ソフィアもフェンリルに乗ってすぐさま二人に付与の魔法をかけた。


「うわぁ早ーい!」

「――!!」


 そうして猛スピードで森を駆けて行くフェンリルに、女の子は楽しそうな声を上げていたが、男の子の方は絶叫……どころか恐怖のあまり声が出ていない様に感じた。


「……」


 このあまりに対照的な反応に、ソフィアはまた笑いそうになったが、男の子としては「兄の威厳」を守りたいだろうから降りる前にはちゃんと平然とした顔を作っておかないと……と思っていた。

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