第8話
でも、今はそんな事を気にしている場合ではない。
森に子供が一人で迷ってしまう……なんて事はガルフツスカ王国でもあった事だけど、今回はどう見てももう一人誰かがいる。
それが家族なのか友達なのか……はたまた全く知らない赤の他人なのかは分からない。どちらにしても非常事態な事には変わりないだろう。
そんな中でまず第一に大事なのは「第一声」だ。
相手はいきなり現れたソフィアに警官心を向けるか、はたまた助けを求められるかは分からない。
ひょっとしたらずっと泣いているだけなのかも知れない。
それでも「声をかける」という事は絶対に必要な事だろう。ただ……実はソフィアはこうした時いつも「どう声をかけるのが正しいのか……」と困ってもいた。
「こ、こんにちはー」
でも、結果としてソフィアが導き出した答えは「まず挨拶から入りそこから話を聞く」これが一番なんだかんんだ言って無難なのかも知れない。
「……」
なんかたった今。フェンリルが鼻で笑った様な気をソフィアは感じ取っていたが、そんな事を気にしている暇はない。
そもそも、この辺りを縄張りかつ「聖獣」として崇められているフェンリルと「聖女」と呼ばれた存在ではいたもののそれはあくまで別の国での話であってこの国ではただの人であるソフィアとはそもそも認知度的に雲泥の差がある。
そんな中で、人気の少ない森でいきなり声をかけてくる……なんて不審者以外のなんでもないだろう。
いや、今回は「子供が泣いていたから」という理由が付けられるが。
「だ――」
子供がソフィアの挨拶を聞いておもむろにソフィアの方を見たところで「大丈夫?」とさらに言葉を続けようとしたところで……。
「お兄ちゃんを助けてっ!」
ソフィアがそれを言う前に助けを求められた。
「はぁ……はぁ……」
助けを求めて来た子供は見た感じ三歳くらいの女の子で、膝に兄と思しき男の子が苦しそうな呼吸を繰り返している。顔色も悪い。
体の大きさから見て年齢的に五か六歳くらいだろう。
「何があったの?」
持っていたハンカチで女の子の涙を拭いながら優しく尋ねると、どうやらこの兄弟はホゼピュタ国の端に住んでいるらしく、たまに木の実や山菜などを取りにこの森を出入りしていたらしい。
そして今日もいつもの様に山菜を取っていたところでいきなり虫の魔物に襲われてしまったそうだ。
「魔物はお兄ちゃんが魔法を使って何とか追い払ってくれたけど……」
その代わりに魔物が最後の抵抗として去る前に撒いたと思われる粉塵をもろに受けてしまった……そういうところだろうと推察出来た。
そして妹と思われる女の子が無傷なところを見ると、男の子は女の子を無事なところで隠れている様に指示をした……という事だろう。
その辺りはさすがお兄ちゃんと言える。
「あの! お兄ちゃんは……」
「大丈夫。私に任せてください!」
今にも泣きだしそうなくらい不安な表情を見せる女の子に、ソフィアはニッコリと笑いかける。
家から持ち出したバッグを開け、ソフィアは瓶に入った薄い紫色の液体を取り出す。
幸い、持って来た荷物の中に薬の調合が出来る道具は持って来ていた。それに、ちょっとした薬なら今も持っている。
でも、それはあくまで「外で何かあった時の為の自分用」としてだったが。
まさかこんなところで使う事になるとは思ってもみなかった。
ドレスや装飾品には全く興味のなかったソフィアであったが、実はちょっとだけ聖女以外の道を考えた事があった。
でも「そんな日はきっと訪れない……」なんて思っていながらも「もしも」と思い描いていた『夢』がある。
それは、薬の調合や研究をしながらお店を開きたい……というものだった。
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