第7話


 モフモフでふわふわ……今まで感じた事のない多好感にソフィアは思わずその上質な毛に顔をうずめたくなってしまう。


 それくらいこの「聖獣」であるフェンリルの毛は素晴らしい。もし生え変わりの時期などがあればその毛を使って枕でも自作したいほどだ。


「……」


 いや、そもそも換毛期で抜けた毛でも相手は「聖獣」だ。果たして自作であっても使っていいものなのだろうか……なんて考えこんでいると、唐突にフェンリルは立ち止った。


「どうかされましたか?」

「――いたぞ」


 フェンリルの視線を追うと、少し離れたところに人間の子供が泣いている。


「な、なんであんな小さな子が」

「冒険者以外でもたまに木の実などを取りに来る事があるからな」


「そ、それは分かります。でも、あんな小さい子が……」

「いや? どうやら一人ではない様だな」


 よく目を凝らすと、どうやらその子供だけでなくもう一人誰かいる様に見える。しかし、ソフィアたちがいる位置からでは子供がちょうど影になっていてよく分からない。


「と、とりあえず声をかけてみます」

「ああ、頼んだ」


 サラリと出た言葉に、ソフィアは驚きから思わず「え?」とフェンリルの方を向く。てっきり一緒に付いて来てくれると思っていたからだ。


「我が姿を見せると子供は驚いてさらに大声で泣いてしまうからな。そうなっては余計に魔物たちを刺激してしまうであろう?」

「……」


 フェンリルの言っている事は確かに正しい。ソフィアですら最初にフェンリルの姿を見た時は思わず後ずさりをしてしまったほどだ。きっと子供だったらもっと怖がってしまう。


 ただ怖がって声が出ないのであればそれでいい。しかし、逆に怖さと驚きによって大声で泣かれてしまった後。その声によって魔物の大群が押し寄せるのだけはソフィアとしても御免こうむりたいところではあった。


「――分かりました。ですが、周囲の警戒。または魔物除けのお願い出来ますか?」

「我に命令か?」


 ニヤリと笑うその姿は「面白い」と言っているに他ならない。本来であれば「聖獣」に命令するなんて大それた事をする人間なんていないだろう。


「はい、あなたの結界の方が私よりも強いので」

「ほう? 仮にそうだとして、お主もあの子供の声が聞こえていた様に思うが?」


「ええ、確かに聞こえてはいました。ですが、連れて来たのはあなたなので」

「……よかろう。ここは任せてサッサと行くがいい」


 ソフィアの目をジッと見つめ、フェンリルはそこから何かを悟った様に「フッ」と笑ってソフィアを送り出した。


 そして、ソフィアもそれに頷き子供へと近づく。


 それと同時にフェンリルが魔物除けの結界を張ったのが体感で分かった。ただ、珍しく強気な態度を見せたソフィアだったが、実は心臓がバクバクだった。


 でも、何となく魔物の相手をしながらどうにか出来る様な状態ではない……そう感じていたのだ。


 多分、フェンリルもそれを感じ取ったのだろう。それはソフィアも分かっていて子供に急いで近づきながら「きっと、この後絶対にバカにされる」と内心思っていた。

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