第5話
侯爵家から漁港までは普通であれば馬車で移動するのだが、今のソフィアに残っているのはトランク一つとほんの少しのお金だけ。
聖女としてずっと国に仕えていた様なものだったソフィアに「給金」という物は存在しておらず、残っているお金も侯爵夫人が亡くなった後に残してくれた「遺品」を売った物と「遺産」だった。
そもそも聖女になる上で貴族籍に入って侯爵の地位を持っていたソフィアであったが、実は自分の領地という物を持っていない。
家があったあの土地も、侯爵が亡くなった今は王家が管轄している。
それは何も「聖女の仕事が忙しいから」とアーノルド殿下がソフィアを気遣って……なんて事は当然なく「将来私と結婚するのだから今王家の管轄になっても問題ないだろう!」という自分勝手な理由からだった。
しかし、ずっと聖女として魔法を学んでいたソフィアにとって領地経営の事など全く未知の領域だったのもまた事実だ。
しかも、この領地経営が仮に失敗した場合。その失敗の代償はソフィア本人だけではなく……いや、一番の打撃はその領民の方に向いてしまうのもまた事実だ。
それを考えると……ソフィアはアーノルド殿下の話を飲むしかなかった。
「それにしても……」
実はここに来る途中。何度かソフィアの前に馬車が止まって乗せてくれようとしてくれた。
しかし、基本的に馬車に乗るには他の人と一緒に乗る「乗り合い」も含めてそのほとんどにお金が必要になる。
そもそも手持ちも少ないというのもそうだが、歩く事自体嫌いではないし、基本的に体力には自信がある。
それこそ騎士団に負けない程だ。
しかし「どうしてそこまで体力があるのか」と聞かれると、それはソフィアの「膨大な魔力」が関係している。
それこそ先代の聖女からは「私の倍は持っている」とまで言わしめた程だ。
元々「聖女」自体膨大な魔力を有している中での聖女本人からの言葉。これ何をが意味しているのか……分かる人には分かるだろう。
なんでも世間で言うところの「魔力」と「体力」は同じだと考えられている。
つまり、膨大な魔力を有しているという事はそれと同時に膨大な体力を有しているのと同等という訳だ。
それに、ソフィア一人であれば魔法に限らず体術も含めて対処は可能だ。それこそ「誰かを守りながら」などの心配もせずに済む。
つまり、一人の方が何かと都合が良かったのである。
「……」
ただ不思議だったのはソフィアを乗せようと声をかけてくれた馬車の運転手全員が「無料でいいですよ」と言ってくれたという事だ。
しかし「上手い話には大体裏がある」と言う。
現に「聖女」として何度か訪れたスラム街でこうした最初こそ「無料」と言って声をかけておきながら最終的には「後で相場以上の支払いを請求されて揉めた」という話をよく耳にしていた。
ただ、そうした事は大体「物売り」や「町の案内」と様々なものがある中で『馬車』というのは初めてで最初に声をかけられた時は少し面食らってしまったのもまた事実だった。
それでも「ひょっとしたら殿下を唆した連中からの刺客の可能性も……」と思えてしまったソフィアは毎回その誘いを丁重にお断りした。
これで何か邪な事を考えていれば強引にでも乗せようとするはずなのだが、そうはせずに「そうですか」と去って行ったのだからもしかしたら本当にソフィアを心配して声をかけてくれたのかも知れない。
いくら魔法や体術を心得ているとは言え、ソフィアは女性であり「聖女」だ。
心配に思うのも無理はない。そう考えると……申し訳ない気持ちになった。
「――着いた!」
そして、侯爵家から歩く事数十分。多少時間はかかってしまったもののようやく目的地に辿り着く事が出来た。
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