第2章 せっかく国外追放になったので海を渡ろうと思います。

第1話


「……」


 殿下が放った「この国から出て行け!」という宣言はつまり『国外追放』を意味しているのだとソフィアだけでなく、周囲の人間もすぐに理解しただろう。


 ただ、毎日「国の為に」と結界を張ったり確認をしたり、殿下のたまりにたまった書類の整理も含めて散々尻ぬぐいもしてきた。


 それなのに……この仕打ち。しかし、正直何も思わない。それだけ毎日必死に生きて来たからなのだろうか。


 ただ、この状況はむしろチャンスなのかも知れない。


 本来であれ「聖女の偽り」は前例のない一大事で、仮にそんな事が本当に立証されてしまえば下手をすればソフィアだけでなく場合によっては一族もろとも即刻処刑になっていても……いや、正直どうなるのかすら分からない程だ。


 しかし一つだけ幸いな事にホワイト侯爵夫妻は既に亡くなっている上に、使用人などもいなかったおかげで仮に私が処刑になっても誰かに迷惑をかける心配はなかった。


 正直「嵌められた」と分かった瞬間。ソフィアはすぐにこれを警戒していたのだが、彼は「国外追放」と言った。


 それはつまり「処刑」される可能性はないという事だ。


 ただ、彼を唆したであろう人間たちはきっと「ソフィアの処刑」を望んでいる事を殿下に伝えていた可能性は十分あり得るのだが、そもそも彼は人に指図されるのをものすごく嫌う。


 この時もっと上手く腰を低く懇願する様に言っていれば……きっとソフィアはすぐに牢獄に入れられていただろう。


 ただ、彼らはここで彼のご機嫌を損ねた。


 その証拠に、今の彼の「国外追放」宣言に驚きの表情が隠せていない人間がチラホラと見える。


 でもまぁ、仮に「処刑」を彼が言い渡したところで、本当に決行されるかどうかは甚だ疑問が残る。


 なにせ、国王陛下ご自身がアーノルド殿下の事をあまり評価していないからだ。


 もし仮に「処刑」されるとして、まずソフィアを拘束して貴族牢に入れられるのはほぼ間違いない。


 その後は「真偽を確認するため」に正式な調査が始まるはずだ。


 こうなると殿下を唆した自分たちの身が危うくなる可能性が高まる事をを彼らは理解していたのだろうか。


 もちろん、それも承知した上で「即刻処刑」を殿下に話していた者たちもいたかも知れない。でもそれをしてしまうと殿下本人にも「処刑を言い渡した張本人」としての責任が重くのしかかる。


 それを考えるとひょっとしたら彼は「その責任を負うのはさすがに嫌だから」という理由で周りの意見に反して「国外追放」を言ったのではないだろうか。


 いや、彼はそこまで頭は回らない。


 多分、彼はきっと「国外追放」の方がソフィアが困ると踏んで言ったに違いない。


 なぜなら、彼の頭の中の私は「世間知らずなずっと笑顔の不気味で余計な事しかしない女」としか記憶されていないからだ。


 しかしこれはただ「彼に意見をすると後々面倒になるから」と何も言わずに笑顔で対応していただけに過ぎなかっただけ。


 でも、そんなソフィアンの心情を彼が知るはずもない。知ろうともしなかった。


 だからこそ、彼は私が何も持たずに国の外に出してしまえば直接手を下す「処刑」という方法を取らずとも勝手に野垂れ死ぬと考えたのだろう。


 もちろん、ソフィアは元々教会の出という事だけでなく、今現在も身の回りの事を一人でこなしているのでそんな事にはならないはずではあるはずだ。


 しかし、実際のところ国の外には出た事がないので何がどうなるのかは分からない。


 それこそ野垂れ死ぬ可能性だって十分ある。でもせっかく「国外追放」と宣言までしてくれたのだ。


 ここまで好き勝手言われてこの場に留まる理由なんてない。


 それに、ここで許しを請うたり下手にすがりついたりしようものならそれこそ彼らの思うつぼだろう。


「――承知しました。それでは、皆様ごきげんよう」


 だからソフィアは……会場にいた警備兵に促されるよりも先にそう最後の挨拶をして会場の出口の方へとゆっくり歩き出したのである。

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