第2話


「ふぅ、今日もいい天気ね」


 息を吐きながら見上げた空はちょうど朝日が昇るところで、ソフィアは毎日の日課をこなす為に登った山の上から見える朝日に思わず目を細めた。


 でも、この山の上から見る朝日は嫌いじゃない。それこそ「一日が始まる」という気持ちにさせられる。


「……」


 それに、毎日朝早くに起きてこの結界の確認をしない事にはどうしても落ち着かず、ソフィアは思わず「はぁ」とため息を一つついて山を下りた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「おやおや、今日も朝早くからのお勤めご苦労様」


 もはや日課となった「結界の確認」を終えて街の方に行くと、朝市の準備をしている露店の主人に声をかけられた。


「おはようございます」


 ソフィアがいつもの様に笑顔で挨拶をすると、露店の主人も「おはよう」と返してくれた。


 この主人とはソフィアがまだ「見習いの聖女」だった頃からこうしてよく話をしている。


「毎日毎日大変だな?」

「いえ、これが私の仕事ですので。むしろ皆様の方が朝早いのでは?」


 そう聞き返すと、露店の主人は「それこそこれが俺たちの仕事だからな!」と豪快に笑う。


「でも、前から思っていたんだけどよ。こう毎日確認しなくちゃいけないもんなのか? この結界ってやつは」

「いや。そんな事は……」


 そう、実は毎日確認をする必要はない。


「じゃあなんでだ?」

「それは……ただ私が心配なだけで」


 仮にこの結界に万が一でも綻びがあっては一大事だ。


 それが怖くて不安だから「これならしばらくは持つ」と自分で分かっていてもついついこうして朝早くに確認しに来てしまう。


「もし、万が一結界に何かあってそこから魔物が入ったらと考えたら……それだけで怖くて」


 これまでこの結界のおかげで平和な毎日を送れているのがこれまで「結界が破られた」と言った記録も残っていないため、万に一つでも破られた時。何が起きるのか誰にも、ソフィアにもそれは分からない。


 ただ、大変な事になるのは目に見えている。


「聖女様が張ってくれた結界がそう簡単に破れるはずはない! と俺たちは思うけど、聖女様でも不安になんだな」

「これが出来るのは……今では私だけなので」


 いくら魔力があろうとも「聖女の力」を有していなければ結界を修繕または新しく張る事は出来ない。だからこその「責任」だ。


「先代の聖女様はいきなりいなくなっちまったからなぁ」

「……」


 そう、実はソフィアに聖女の心得として「聖女たるもの慈愛の笑顔で対応する事」と言い、魔法についても厳しいながらも教えてくれた先代の聖女はソフィアが聖女として独り立ちし、自身は聖女の任を解かれたほんの二日後に突然失踪してしまったのである。


 もちろんすぐに捜索が実施されたのだが、今のところ消息は不明のままだ。


「もっと自分に自信を持ちな!」


 そう言いながら主人はニッコリと笑う。


「で、でも私なんかが……」

「――あんたが前にくれた腰痛に効く薬」


「え」

「あれ、ものすごく効いたからさ。やっぱりあんたのすごさを実感したよ」


 きっとこの主人はソフィアを元気づけようとしてくれたのだろう。


 でもあれを渡したのも朝市の準備で腰を痛そうにさすっているのを見てこちらが心配になってついおせっかいで渡しただけの話で、お礼を言われるような事ではない。


「俺は魔力なんてからっきしだからあんたの結界がどれだけすごいのか分からない。あんたにしか出来ないって事だけでも十分すごいという事は分かる。自分にしか出来ないって事はそれだけ孤独なんだろ?」

「……」


 ずっと俯いている私に心配そうな表情の主人の視線に気づき、不意に顔を上げると「もしかして、殿下から何か言われたのかい?」と問われた。

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