第3話

1年後、または勇者召喚の前日。

 山手線と都営三田線の交差する東京の街、巣鴨。巣鴨地蔵通り商店街をはじめとして、昔ながらのお店が立ち並ぶおばあちゃんの原宿として有名だ。

その一角にある2階建ての一軒家に俺の姿はあった。タンクトップ姿で髭も生やしっぱなし。そこに1年前の覇気はなくなっていた。

「暇だから日頃のストレス発散にガチャ回すぜ!」

「引きこもりニートの分際で課金ですか、直太様。どうせ、大したストレスも抱えていない癖に。」

 俺はソファーに寝転がり、意気揚々とスマホを取り出した。そんな俺を冷ややかな目で見るのは、我が家のメイド、メイ。人そっくりな見た目と言動を有するアンドロイドだ。緑のショートボブの髪の毛、少し幼さのある整った顔立ち、スラっとした美しいスタイル。メイド服を着せてやれば、その見た目は人形のように美しく可愛らしい。彼女は、家事、洗濯、ゴミ出し諸々、この家の家事全般を担っている。

「別に俺がどこで何していたっていいだろ、外に出たって気分転換にはならん。ならニートらしくゲーム三昧こそ正義なり。」

「はあ……社会のクズはとことん、クズに落ちるのですね。何と嘆かわしい。」

「で、何しに来たの?」

「お掃除に上がりました。」

「ああ了解、俺ここで寝転んでやってるから、適当にやっておいて。」

「かしこまりました。」

 メイのような高性能アンドロイドは、かなりの高級品らしく一般家庭には普及していない。別に富裕層でもなんでもない俺が、ひょんなことから彼女を手に入れられたのは幸運だったのかもな。自分じゃ家事なんてやろうとしてもできないし。

「しかし、ゲームに課金などしていないで、働いたらいかがですか。」

「何だよ、アンドロイドの癖に主人に文句あるのか?」

「直太様を思ってのことです。社会とのつながりが断たれたままでは、今後に影響します。」

「嫌だね、どうせ遺族年金と親からの仕送りで十分食っていけるし。」

 メイの言うことが間違っていないことはわかる。だけど、一度できた大切な存在を失ってしまった今、俺には働く気力も人と話す気力も残っていない。

「そもそも直太様は居候でしょう?家主であるお姉さまも心配しておられます。」

「別に姉貴は迷惑がってないだろ?家賃の代わりにお前の貸し出しをしてるわけだし。」

「ああ、言えばこういう。これだから下等生物は。」

「おいメイ、主人に向かって今なんて言った……といつもなら怒るところだが、今俺は機嫌がいいから見逃してやろう。」

「ゲームで何かいいことでもあったのですか。」

「ザッツライト。見ろ、待ちに待った北条政子ちゃん、水着バージョン。」

 俺は、スマホ画面をメイに押し付ける。画面に映っているのは、年端もいかぬ少女が最低限の布だけを纏って、プールに浮かぶイラスト。ソーシャルゲーム、戦姫千年譚のガチャ画面だ。

「悲報:鎌倉幕府将軍の鬼嫁、変わり果てた姿でみつかる。」

「どこが悲報なんだ!こんなエッチい、じゃなくて神々しいお姿が手に入るんだぞ。朗報、いや神報だろ!」

「本音が漏れていましたよ。」

「さあ、政子ちゃんをお迎えしてあげよう。」

 俺は、鼻歌を歌いながらコインを消費し、ガチャを回した。


 数分後……

「100連、爆死、だと……」

 現実とは無情なものだ。相当な額を課金したのに出なかった。石化したように真っ白な俺を見て、メイは鼻でわらう。

「ふっ、無様なものですね。下半身の欲望に従い、金を溶かす類人猿にはピッタリの末路です。」

「ち、ちくしょう……何か、何か金になるものはないか。」

 俺とて、生活のすべてをゲームの課金に投じる程落ちぶれちゃいない。最近使っていなくて高く売れそうなものはないか。部屋中を見回したが目ぼしいものはなかった。だが、代替策は思いついたぞ。

 「そうだ、メイ、お前体売って稼いで来い。アンドロイドの売春は法律で規制されてないし、顔もいいからがっぽがっぽ稼げるだろ。」

「なるほど、なるほどそう来ましたか。」

「いやあ、俺って天才だ。」

 おのれの才能にしびれる俺。しかし、メイの様子がおかしい。張り付けたような満面の笑みでこちらに近づいてくる。指をポキポキとならす、その姿に思わず後ずさってしまった。

「え、ちょっとメイ?何?何だよ!」

 俺の問いには答えず、メイは素早く後ろに回り込む。そして、俺の首を全力締め上げてきた。

「おい、ちょっと……ぐああああ、苦しい、止めろお!」

「どうやら、地獄への片道切符をご所望のようで。最速でお連れいたしましょう。」

「じょーだん、冗談だからマジで。ごめんなさい、死ぬ、本当に死んじゃう!」

「一度死んでみてはいかがですか?しっかり反省できると思いますよ。」

 流石はアンドロイド、凄い力だ。元特殊部隊の俺でも、全く抜け出せない。

「いいのか、俺マジで死ぬぞ。そして死体が発見されたら、お前はスクラップだぞ。」

スクラップ、その言葉を聞いた途端、メイの力が弱まった。一瞬魔が開いたあと、彼女は小さく舌打ちして、俺を開放した。

「げほげほ、物分かりが良くて助かるよ。」

「まさかこれで終わりだとでも」

「はい?」

 メイは俺から離れたと思うと、 渾身の膝蹴りが、俺の股間にクリティカルヒットした

「ぎゃあああああああ!」

 今までに経験したこともない激痛が、俺を襲う。わずかに三途の川の向こう側が見えた。死んだじいちゃんがまだこっちに来るなと叫んでいる。朦朧とする意識を気合で何とか引き戻した。

「今一瞬死にかけたんだけど!」

「おや、直太様、くたばってなかったのですか。しぶといですね。」

「そろそろ殺意向けるのやめてくれ、次やられたらマジで死ぬぞ。」

「そうですね、善処します。最も、今後の直太様の言動次第ではわかりませんが。」

「ヒエッ……」

ヤバい、俺の余命長くないかもしれない。俺は背中にヒヤッとしたものを感じながら、立ち上がろうとする。しかし、ついバランスを崩し、盛大にずっこけた。

「うお!……痛たたた……」

「おやおや、1年もニート生活しているとまともに立ち上がる事もできないようで。本当に無様になったものです。」

「ちょっと足を滑らしただけで、そこまで言わなくても……ってなんだこれ?」

 こけた拍子に、俺の腹に何か落ちていた。起き上がって確認すると、それはゲームソフトのパッケージ。見たところ、よくあるRPGだ。

「アストロピア王国戦記、20年前に発売された携帯ゲーム機用ソフトですね。当時は高い評価を受けた名作ですね。」

「そういえば、数年前に中古屋で安く買っていたような。」

「買うだけ買って遊ばずに忘れていたのですか?無駄遣いもほどほどにしてください。」

「うるせえ、暇なときにやろうと思っていたんだよ……っていうか今こそ暇なときか。折角だしやってみよう!」

「はあ……」

 引き出しから、対応する携帯ゲーム機を取り出す。こっちも長いこと遊んでなかったからか、ちょっと懐かしい。ソフトを挿して起動するまでの間、俺はパッケージの説明欄に目を通した。

「選ばれし剣を得た勇者は、魔族の王ヴァルメリア率いる魔王軍討伐に身を投じていく。勝利の鍵は技の使い分け、必要なステータスを上げて、強敵に立ち向かえ……か。」

 うん、何のひねりもない。普通のRPGだな

「これだけみると普通に面白そうだな。しばらく、暇が潰せそうで助かった。」

「そんなのに暇なのでしたら、せめて外に出たらいかがですか。」

「ヤダ、俺、紫外線怖い。溶ける、死滅する。」

「直太様は吸血鬼ですか。」

 呆れたようにため息をつくメイは無視。タッチペンを取り出し、オープニング画面を視聴し始めた。

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