第3話 暗殺術1
―国籍が生まれた場所ならば私の国籍は地球だ
カレンは私にそう言った。
そもそも「国籍」と言っているのだから「国籍は地球」という言葉はそれ自体が破綻している。地球は国ではない。
では国籍とは何か。
それはどの国に所属しているのかということらしい。
例えば私の国籍は「日本国」だったし、アランの国籍は今は「フランス共和国」、ロバートはイギリスだったが秘密情報部だった彼には国籍がないらしい。
南大西洋に浮かぶ貨物船の上で生まれたというカレンにもきっと国籍がないのだ。
国籍を持たないカレン。
飛び立つ航空機とどこかから流れてくるR&Bのメロディ。優しい歌声。切ない旋律。
私達はいくつものパスポートを持っている。
アメリカや日本のパスポートはどの国でも入出国が容易なため利用頻度が圧倒的に多い。
しかし入出国の記録、証拠として必要なこのパスポート、私たちにはあまり意味を為さない。
軍用機での入出国、テロリストや兵器ディーラーの案内での入出国。この場合、私たちのパスポートは新しく作られる。偽造だ。
偽造したパスポートに偽造された記録。
私たちは嘘を着て歩いている。
真実を追うだけ時間と労力の無駄だ。
カレンは戦争も兵器もテロも大嫌いだと言う。でも彼女とそれらの親和性は高い。
また、海で生まれたはずのカレンだが魚介類は嫌いだ。漬物の類いも嫌い。しかし嫌いなはずのテロリストとは仲が良い。嫌いな魚介類は絶対に食べないくせに。
それらの理不尽は【利用価値】や【損得】という観点から整合性があると言う。が、私には商売の話はよく分からない。
私たちはカレンに付いて世界中を旅している。危険なその旅に付き従う。理由は…?
私たち七人はカレンに直接スカウトされ、そして彼女の私兵となった。
イスラエル国防軍にいたというノアは女性だが射撃も物理的接触も得意としているオールマイティで、私も改めてナイフの指南を受けることが多い。
そしてもうひとりの女兵ビビ。
私と一番歳の近いビビ。
彼女は…強い。
強い?
それを目の当たりにしたのはアブダビの時だ。
―二年前、UAE内左派に不穏な動きがあることをエリックが察知。
そして私たちはカレンの持つその国の石油利権を守るため、ペルシャ湾の街アブダビに降りた。
いくつかの油田や精製所はC国の直轄になりつつあり、この国にも中華街があった。
ビビは様々な国の中華街に明るく、そして彼らは常にビビを恐れていた。
それは当然で、ビビはC国共産党に指名手配されているにも係わらず平気で世界中の中華街を歩くのだ。
襲撃は日常茶飯事で、しかしそのほとんどを彼女がひとりで片付けてしまう。
「ビビ、後ろの変なの。おまえの客じゃないのか?」
カレンがそう言ったのは中華街での食事を終えた後のことだった。
まだ部隊に入ったばかりだったビビの案内で訪れた中華料理屋は非常においしく、全員がその味に満足をした。
そして店を出た私たちはすぐにその尾行者に気が付いていた。
「カレン。中華街だからってそうやって何でも私のせいにするのはやめてほしいの。あなたのお客さんの可能性だって高いでしょう?」
それを聞いたカレンは歩きながら全員に賭けを申し出た。
後ろの尾行者がカレンを狙ったものであるのかビビを狙ったものであるのか。しかしその賭けは成立しなかった。
満場一致で「ビビへの刺客」という結果に落ち着いたからだ。
「ビビ、あんた自分で自分に賭けるってどういうことなのよ。」
「うるさいな。わかってるよ。」
ビビはそう言うと立ち止まることなく後ろを向き、一瞬のうちに尾行者二人との間合いを詰めた。
瞬間、二人の男が膝から崩れ落ちる。
「…見ず知らずの人を突然殺しちゃ駄目だって言っているだろう? しかも街中だ。」
私たちがビビに近寄ると、その場には目と口を開いて倒れている男たちがあり、確かに死んでいるようだった。
「こいつらは解放軍の特殊部隊にいた連中。見覚えがある。」
「だからって理由も聞かずに殺すのは野蛮だ。」
「殺さなければ殺されるから。」
ビビはその美しい姿とは裏腹に、究極とも思える特技を持っていた。
カレンには分かったようだったが、私は振り返ることが精一杯で何が起きたのかは分からなかった。
「凛子、あれは暗殺術だ。」
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