第23話 その背中である!


「吾輩は何をしていたのだ……!!」


 さて、こちら風呂上がりのロアナ。

 今度はしっかりと服を着て、案内された空き部屋にあったベッドの上で、悶絶しているところである。


 さっきまでの自分は正気ではなかった。

 そう言いたくなるほどにみっともなく、恥知らずな行為を思い出して、彼女はグネグネと悶絶していた。


「あれじゃあただの痴女だ! 体を使って迫るなど、王族のすることではないぃ……!!」


 そんな風に自責に苛まれる彼女であるが、実際のところ心の支えも後ろ盾もない状態で、不安定になってしまうのは仕方がないことだ。無論、だからといってあんなハレンチな行為に出るかと言われれば、そんなわけはないけれど――きっとあの行為こそが、彼女に支払える唯一の物だったのかもしれない。


「ヒイラギの奴には迷惑をかけてしまったな……。謝ろう。謝りに行こう。謝礼はないが……誠意だけでも王族として見せておかなければ……」


 げっそりとしたロアナだけれど、流石にこれから世話になる以上、最低限の謝罪はしておかなければと思い立ち上がる。


「ぐっ……うぐぐぅ……!!」


 しかし足が動かない!

 それもそのはず、ロアナだって年ごろの乙女である。錯乱していたとはいえ、あのような痴態――意識を切り替えたくても切り替えられるようなものじゃない。


 だから顔は真っ赤になるし、謝りに行こうとしてもまともに足は動かない。


 それでも王族の矜持が、せめてもの体面は保つべきだと彼女を煽る。


「ぐぁ……うおぉおおおおお!!!」


 ロアナ、吠える!

 彼女の中に眠る王族魂を今こそ呼び出し、その矜持を保つために、彼女は渾身の咆哮を上げ、石になってしまったような足を一歩踏み出し――


「おーい、プロムロアナさん」

「ひゃおっいぃいいいいッッ!?!?!?」


 一歩踏み出そうとしたところで、部屋の扉の向こう側から聞こえてきた佐渡の声にびっくり仰天。ロアナの王族魂が乙女の悲鳴を上げてしまった。


「……悪い、取り込み中だったみたいだな」

「い、いや! 取り込み中ではない! ちょうど今、こちらから先ほどのことを謝ろうと……謝ろうとしたところである!」

「そうか……?」


 更なる痴態を取り繕おうと、食い気味でロアナは扉の向こうの佐渡を呼び止める。しかし扉を開けられない。開ける勇気がない。というか合わせる顔がない。真っ赤になったこの顔で、どうやって話せばいいのか。


 だからロアナは、ドアノブに置いた手を動かさないまま、扉越しに喋る。


「先は……みっともない姿を見せて、悪かった……本当に面目ない……」

「いや、変な状況に置かれて気が動転してるのはわかってるから気にしねぇよ。あと、お互いのためにあれはなかったってことにしただろ。いいか、俺は何も見てないし、お前は何もしてない」

「う、うむ……わかった」


 落ち着いた声色で受け答えをする佐渡に少し不安を覚えつつも、ひとまず謝罪を終えたことにほっと一息。いやいや、相手の顔を見ていないのに――だなんて心の王族が叫ぶけれど、ひとまずそれは心の奥の方に押し込んで黙らせたロアナであった。


「ところで……なにかあったのか?」

「ん? ああ、そうだったそうだった」


 それからロアナは、意識を切り替えるためにも、佐渡が部屋に訪れた用件を訊ねた。


 扉の向こうの佐渡は、思い出したように語る。


「夕食ができたが……持ってこようか?」


 その時、ロアナの腹が、思い出したように音を鳴らした。それはくぅだとかぐぅだとか、そんな面白おかしな音だった。


「……いや、食事を頂けるというのなら、こちらから出向くのが誠意だ。食堂に案内してくれ」


 ロアナは扉を開けた。

 扉の向こう側には、相変わらず不思議と落ち着いた顔をした佐渡が居た。


 そんな彼は、ロアナを見て言う。


「食堂なんて豪勢なもんはねぇよ。だが、美味い飯ならちゃぁんと用意してある」

「ほぉ、それは楽しみだな」


 そうして、ついてこいとばかりに佐渡は廊下の方を向き、その背中をロアナが追いかける。


 ロアナの部屋は二階にある。だから廊下を歩き、階段を下りて、一階へ移動する。


 それまでの風景に、ロアナの知る故郷の色はどこにもなく、一般的な家に置かれた何もかもが、文字通り知らない世界の見たこともない場所だ。


 これがサーカスや遊園地の催しならば、わくわくと心を躍らせていただろうけれど、帰る場所がないというのなら話は別。そのすべてが、ただ知らないというだけで、恐怖の対象に見えてくる。


 けれど――


「…………」


 ロアナの前を歩くその背中だけは、どこか違って見えた。


 知らない背中。

 知らない少年。


 しかし彼は、ロアナの不安に付け込むようなことはせず、ただひたすらに落ち着き払った姿で、ひたすらに彼女の気を案じている。


 それがなぜか、異世界人のロアナにはわからない。

 或いはロアナでなくともわからないかもしれないけれど――とにもかくにも、ロアナは思うのだ。


――怖くない、と。


 世界のすべてがどことも知れぬ恐怖と化したはずなのに、その背中だけが、宵闇の中で光るカンテラのように、恐怖とは違った光を放っていた。


 だからロアナは、その背中について行く。

 頼れるか頼れないか。

 安心できるか安心できないか。


 それすら定かではないけれど、その背中を見て、ロアナは佐渡のやさしさを頼ることに決めたのだった――

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