第11話 勘違いすれ違いである!
俺――佐渡柊が知っている椎名みのりのプロフィールはそこまで多くない。
一にクラスメイト。二にロアナの友人の一人。三に見る限りには普通の女子。
それがどうだ。今目の前にいる彼女は何と言った?
「私があの時助けていただいたパンツです!」
なんともキッツイ恋文が届いたかと思えば、記された場所に行ってみれば待ち構えていた彼女の大胆な告白。
顔真っ赤にして放たれた謎の言葉――あの時助けていただいたパンツです?
いったいこいつは何を言ってるんだ?
まさか――
「まさか……あの時捨てたパンツ、なのか?」
「パンツの恩返しじゃないよ!?」
というのは冗談で。
「あれお前のパンツだったのか……」
先日拾ったパンツが、まさかの椎名の物だったとは。思えば落ちていたのは椎名の席の近く。あのまま泥谷が拾っていたら、本当に持ち主を特定されていたかもしれないな。
「しかしなんであんなところにパンツを落としてたんだ?」
「そ、それは乙女の秘密というか……着替えにもってきてたのがぽろっと」
「わかった。深くは聞かないでおく」
明後日の方向に目を逸らしながら、言い訳をするように赤面する椎名。あまり語りたくない事情でもあるのだろう。追及するのはやめておいた。
「悪いがあのパンツは捨てちまった。今頃は焼却所だ」
「あ、ああいや、それはいいから。あんまり使ってないし」
「……パンツをか?」
「あのパンツあんまり履いてない奴って意味だから!」
なんだかテンションが可笑しなことになってる椎名だ。心なしか、スカートを抑えているようなしぐさをしているが――まさかノーパンとかそんなわけないよな?
――いや、やめておこう。プライバシープライバシー。誰にだって隠したい秘密があるオウイェ。
「んじゃこの手紙は?」
「知らない奴!」
「ふーんなるほど」
そう言えばさっき、ちらりとどっかに隠れようとするロアナが見えたな。様子からして、俺を待ち構えていた感じだし――この恋文、まさかだがロアナがここに俺を呼び出すために書いたやつだな?
まったく、遠回りなことしてくれる。
直接言ったら椎名経由で俺たちの関係がバレるからって、こんな遠回しな方法を――
「わかった。とりあえずこの件は誰にも言わないから、ここで終わりにしておこう。ここでは何もなかった。OK?」
「お、オーケー!」
そう椎名に確認を取り、俺はこの校舎裏への恋文事件をなかったことにする。
一応、後でロアナに文句の一つぐらいは言っておくか。
それに、
「ま、俺の尊厳一つで救われたもんがあるならよかったよ」
あの瞬間でストップ安となった俺の評判が、無駄な行為ではなかったと知れただけで十分だ。
「あ、いや、ちょっと待って。一つだけ、一つだけ言いたいことがあるから!」
「ん?」
話が終わり、校舎裏を立ち去ろうとしたところで、最後に一言だけと椎名が声をかけてきた。振り向いてみれば、彼女は心底安心したような声で言った。
「パンツ、拾ってくれてありがとね。これだけは言っておかないと」
「ふんっ。俺の趣味だからな」
「え”ッ……パンツが……?」
「人助けが、だ!!」
なんだか変な誤解をされそうになったから、力強く否定しておいた。
誤解してないよね? ね?
「そ、そうだよね……!」
なんか怪しいなこれ……。いや、やめておこう。悲しいことになりそうだ。
ともかくそうして、俺は椎名と別れた。
――そういえば、橘たちの姿が見えないが、どこに行ったんだあいつら?
◆
さて、野次馬として一部始終を見ていた芹沢と橘の二人だけれど。
「うーん、勘違いだったかぁ」
つまらなそうにそう言う橘は、サングラスを外して残念そうな顔をする。
どうやら校舎裏の展開は、彼にとっては少しつまらないものであったらしい。
「さて、そろそろ松林くんも起きるだろうし、変に思われる前に柊くんと合流しようよ」
そう芹沢へと話しかける橘だけれど――どうにも芹沢からの返事がない。おかしいな、そんな風に横に居たはずの芹沢を見てみれば……
「おーけーって言ってた……」
意識を失って倒れた松林のすぐ隣で、彼女もまた死んだような顔をして倒れていた。
「……こっちが面白いことになってた」
おそらく芹沢は、なにか盛大な勘違いをしているのだろうことを察する橘。
きっと告白現場で「おーけー」という言葉が聞こえてきたことによって、カップルが出来てしまったとでも勘違いしているのだろう。
ただ、橘は口を噤んだ。
この方が面白そうだから。
「おーけーって言ってたぁぁぁぁぁ……!!!」
恋する乙女、芹沢透子。
勘違いにより、再起不能の傷を心に負うのだった――
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