異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック)

@gugigugi

第1話 ようこそ!混沌世界へ

 僕は白い息を吐いて空を眺めた。冬の夜空は星が良く見える、僕は星を眺めるのが好きだ。ほかの事を考えていないと頭が苦痛と、絶望で塗りつぶされそうだった。だからなるべく意識が途切れないように、心が闇に沈まないように、僕は考える、考える。


 指先や足の先からゆっくりと血の気が引いて冷たくなっていく、それはただ気温が低いからというよりも、体から血が失われていっているからだろう。


 青信号を渡っていたら信号無視のトラックに跳ねられて即死しないなんて、運がいいのか悪いのか。


 痛覚はとっくになくなっている、視界が徐々に狭まっていく、何が食べたいなんて、次の休日はなにがしたいなんて、考えても無駄になりそうなことを僕は頭の中で何度も逡巡させる。


 そうだ最近はまっているゲームの事を考えよう。オンラインゲームをプレイしていると自分が知らない誰かになって、この世界にはいない知らない誰かとコミュニケーションをとっているような、別の世界で別の人生を生きているようなそんな感覚になる。


 その世界での僕の名前はジョシュア、仲間からはジョッシュと呼ばれていた。どこまでシナリオを進めたんだっけ、僕は今どこにいるんだったか。頭の中でゲームの光景を思い浮かべ、ふと目を閉じる。耳元で誰かが僕の名前を何度も呼んでいるような気がした。




 どこにいたか思い出して目を開くと、僕はその光景に唖然とした。モニター越しじゃなく本当に自分がその場所にいたからだ。服装も体も僕がキャラクターメイキングで作った、ジョッシュそのままの姿だった。




「馬鹿野郎早く逃げろ!」


 その言葉に驚き振り返るとトラックのような巨大な化け物が何かに追われて僕に向かって突進してきていた。


「うわぁ!!」


 大慌てでそれを交わし石に躓いて転んだ僕は、地面にしたたかに顔面を打ち付け鼻血を出した。


「ゲームの中なのに血が出てる?」


 鼻をぬぐい手についた血を眺めていると、化け物を追って走ってきた全身に毛皮を身にまとった大男が大きく跳び両手に持った巨大な鉈のような武器を化け物の頭に振り落とす。化け物は悲鳴を上げて崩れ落ちた。


「怪我ぁしたのか?立てるか」


 僕があっけにとられて呆然としていると大男は血まみれの鉈を肩に担ぎ僕に振り向きながらそういった。僕は一つ思い違いをしていた、男の毛皮は動物から剥いだものを着ているのではなく彼の自前のものだ、そして男の顔は犬と鹿を掛け合わせたような獣顔をしていた。


-

--

---


 そんなこんなで僕は今犬獣人の男と一緒に街へとやってきた。角の生えた犬獣人の大男はグレッグと名乗り、僕はキャラクター名であるジョシュアと名乗った。僕が根無し草であることを話すと、彼は僕をギルドに案内すると言って今に至る。


「立派な建物だなぁ」


 ゲームで遊んでいた通りの地形であったためギルドの場所もすぐにわかった。街の中心部にある教会に隣接している場所、そこが冒険者ギルドである。


「実際に目にしてみると案外印象違うもんだな」


 馬車や冒険者達がギルドへ向かっていく様子、屋台から漂う香ばしく焼けた肉の匂いや甘いお菓子の香りがあるのが特に現実味を帯びさせる。


「おいジョッシュ、どこ行こうとしてるこっちだぞ」


 グレッグの声に振り向くと彼は寂れた裏路地に入ろうとしていた。


「え、でも冒険者ギルドでしょ?」


 僕の問いに答えないまま進んでいってしまう彼を人波をかき分け追いかけていく。




 裏路地は表通りとは全く違う雰囲気だった。暗くじめじめしていて、ゴミが散乱し、荒んだ眼をした男と野良犬が何かを取り合っている。ゲームだと見えない壁があって入ることができなかったエリア、知ることのなかったこの街のもう一つの顔がそこにあった。




 裏路地の先に一軒の酒場の看板があり、ウェスタンドアを開いてグレッグは中に入っていく。その後に続いて店の中に入るとむせ返るような酒の匂いと喧騒が広がっていた。そしてなにより異質だったのは、そこにいる客のほぼ全員がグレッグと同じく異形の姿をした存在だった事だ。


 そもそもグレッグのような獣人のNPCなど見たこともなかった、敵のモンスターとかにはいた気がするけれど。と見まわしてみると、明らかに戦ったことのあるモンスターの姿をした客もいて僕は震えあがり、グレッグの姿を探した。


 彼はバーのカウンターでマスターと話をしているようで、僕は彼の元に駆け寄っていった。




「人間の小僧を一人ギルドに入れてぇんだ、話通してもらえるか」


 そういったグレッグにマスターは渋い顔をし、僕をちらりと見た。マスターは壮年に入りかけの普通の人間だったが、酒場のマスターというより歴戦の戦士の雰囲気を漂わせている。


「グレッグ、お前シラフだよな?ここがどういう場所か忘れたわけじゃないだろ」


「こいつには妙な天賦があるらしくてな、これの効き目がねえみたいなんだ」


 そういってグレッグがカウンターに置いた金属製のエンブレムのようなものを見てマスターの目の色が僅かに変わった。


「おい、小僧。少し聞きたいことがある。お前この酒場にいる連中が”何に”見える?」


「何って」


 僕は言葉に困ったが、グレッグの促すような目を見て見たままの事を正直に話すことにした。


「グレッグと同じ、モンスター?」


 それを聞いたとたんマスターは大きなため息をついた。


「やばいだろ?」


「ああ、たしかにこいつは不味い。うちで身元を預からないといけねえな」


「えっと一体なんの話をしてるんだ?」


 状況が飲み込めず二人に問いかけるとマスターが少し脅すような口調で僕に言った。


「お前この街にモンスターがうろついてるなんて話まだ誰にも言ってないよな?」


「あーそこらへんは大丈夫だ、訳ありみたいで記憶が混乱してるらしい。人里につく前に俺と行動してたから問題ねえよ」




 その言葉を聞くと同時にマスターはカウンターの下を大きな音をさせて蹴りつけた。


「え?なに?俺なんか怒らせることした?」


 僕の頭をグレッグが乱暴に撫で、肩を掴んでカウンターの中へ押し込む。カウンター内の床が開いて地下に繋がる階段があった。


 グレッグが降りていく後ろからついていく。思いのほか長い階段だ、地下シェルターにでも潜り込んでいるような気分になった、空間は広く、階段の両端の溝に流れる油についた火が明るく照らしている。


 階段の終わりに大きな扉があり、グレッグが先ほどカウンターに置いていたエンブレムのようなものをかざすと、鍵が開くような音がした後扉が左右に開かれた。


「ここはなんなの?」


 扉の先はまるでモンスター達のためのギルドのような光景が広がっていた。


「この街の闇ギルドだ、これからお前が働く場所さ」


 そういってグレッグは毛むくじゃらな手で僕の肩を叩いた。




「おいガット、新入りだ」


 グレッグは燕尾服を着た羊獣人の男を呼び止め僕の背中を叩いた。


「それじゃ俺はもう行くわ」


「あ、あの。ありがとうグレッグ。初対面の僕に親切にしてくれて」


 歩き去ろうとしていたグレッグの背中がビクンと痙攣し、彼は肩越しにこちらを振り返る。


「お前変なやつだな、俺にお礼言うなんてよ」


 グレッグは複雑そうな表情を浮かべると再び歩き出す、その尻尾は勢いよく左右に振られていた。




「ジョシュア様ですね、お待ちしておりました」


「え、あ、はい。よろしくお願いします執事さん?」


「ええ、わたくし羊の執事でございます」


「ふふっ」


「ふむ人間にしては見込みがありそうですね、いいでしょうあなたを殺すのは最後にしておきます」


「?」




 殺すって言った?なんで?と頭に疑問を浮かべる暇もなくガットはすたすたとギルドの受付カウンターに向かい歩きだし、僕もその後に続いた。




「話は概ね承知しております、このギルドに参加したい、そして記憶が混乱しているので常識的な話から説明が必要。こんなところでよろしいですね?」


 そういうとガットは壁の不思議な図形を描いた地図を指さした、中心に黒い太陽、その周辺を外殻のように囲んだ都市名などが書かれた大地があった。




「この世界は混沌の渦を中心に大地が包み込む形で形成されています。混沌から大地に落ちてくるものを資源としているのですが、それにはクリーチャーも含まれるのです。なので我々の主な仕事はクリーチャー退治と混沌構成物カオスオブジェクトないしクリーチャーにより引き起こされる異界侵食対策が主な仕事になります」


 一息にそういうとガットは身軽にカウンターを飛び越え中に入ると、カウンターの下からグレッグの持っていたものと同じ金属製のエンブレムを取り出した。


「こちらがこの闇ギルドの身分証となる魔法銀ミスリルでできたプレートになります、どうぞお持ちください」


 言われるままにプレートに手を触れると、プレートにかすかな熱が生じ、何も描かれていなかったはずの裏面にジョシュア、新人冒険者、種族人間。と刻印された。




「人間共は我々とクリーチャーの区別がつきませんので見た目をこのミスリルプレートを使い変えています。人前にギルドの者がモンスターの姿を晒すのは戦争クエスト時くらいですね」


「戦争?ギルドが戦争に関与するんですか?」


「必要とあれば、我々は人間たちのギルドとは少し異なります。今は行政機関としての側面も持っていますので」


 なんだか難しそうな事情がありそうだと思った僕はガットに言った。


「差支えなければ人間とモンスターとの間の歴史みたいなことも教えていただけますか?」


 そう僕が口にした途端周囲が静まり返り、ガットの表情が寒気を覚えるほどに歪んだ気がした。それはほんの一瞬で、すぐにまた喧騒は戻り、ガットは穏やかで親切そうな羊顔の壮年紳士の顔をしていた。


 正直今すぐこの場所を出て安全なところに逃げたい、でもここと関わっていかなければいけないのなら僕には知る必要があった。そしてそれはモンスターの側である彼らから聞かなければ恐らく知ることはできない。


 ガットは僕の顔をじっと見つめた後、目を細めるとこの世界の歴史を話し始めた。




 この世界にはもともと人間はおらず、この大地を生み出したヴァールダントと彼の眷属の世界であった。人間達はある日を境に、自然発生したとしか言いようの無い形で現れ、ヴァールダントは守護しなければ死んでしまうほど弱かった彼らも庇護の対象とし、そしていつしか人間たちは集合体を作り、国家を形成するまでに至った。


 この世界の守護者にして混沌の渦を制御する力を持っていたヴァールダントに対して、人間達は一方的に自分達を支配する悪の魔王と呼び、眷属達をモンスターと呼称し始め、そしてヴァールダントに使用を禁じられたカオスオブジェクトの力を使い、この世界のバランスを崩壊させていった。


 バランスの崩壊により天変地異や飢饉が起こり疫病が蔓延し、人間達はいつしか世界のバランスの崩壊の原因をヴァールダントであると主張し、モンスター達が確保し封じていたカオスオブジェクトを狙った襲撃が相次ぐようになった。


 それでも人間共を許し和解を求め続けたヴァールダントと、彼に従ったモンスター達は、結局人間共による攻撃を受け、ヴァールダントは死に、モンスターの大多数がなぶり殺しにされた。




 そこまで話を聞いた僕は率直な感想を口にした。


「僕ってもしかしてここにいると命が危ないのでは?」


 ガットは肩をすくめて心から呆れたというような表情で答える。


「当然その通り、しかしマスターがギルドへの立ち入りを許可した者を直接殺すわけにもいきませんから。一応は安心して良いですよ」


「マスターって酒場の?あの人も僕と同じ人間じゃ無いの?」


「ほう」


 ガットはその言葉に目を細めた。


「なるほどあの方はそう見えましたか、興味深い」


 そういうと彼は笑った、他人の不幸を愉快と思うような冷たい顔で。


「それで僕はなにをすれば?」


「プレートに記載しておきました、ここを出たら確認するといいでしょう。間違いを犯す同胞がいないとも限りませんから、早々の退去をお勧めしますよ」


 言葉の内容とは裏腹にガットは野良猫でも扱うように追い払う仕草をして見せた。




 酒場に戻ってくるとマスターにじっと見つめられ、カウンターの席に座るように促される。彼が指示した場所にはグレッグが座っていた。


「アイツが他人を気にいるなんてお前なにしたんだ?」


 その言葉の意味を理解できず首を傾げ、僕はグレッグの隣に座った。


「よう」


 そういってグレッグは僕の肩に手を置いて、僕は彼の顔を見上げる。


「仕事受けてきただろ、プレートちょっとかしてみろ」


 言われるまま僕はグレッグにプレートを手渡すと、グレッグは慣れた様子でスマホのフリック操作みたいにプレートを操作した。表示される文字が次々に切り替わっていく。すげえな魔法銀、わぁ便利なんて事を僕が思いながら見ていると、グレッグがふと手を止めた。


「なんだこのスキル、ブラザーフッド?まぁいいやこれだこれ」


 僕にガットが依頼したらしいクエストの指定されたエリアを見て、グレッグはやっぱりなと言いながら首を横に振る。


「これお前一人で行ったら死ぬぞ、完全に殺す気だアイツ」


「え、でもマスターが通行を許可したものは殺さないって言ってたよ?」


「直接は、とか言ってなかったか?」


 僕が少し考え、そういえば言ってたと頷くとグレッグは大げさにため息をつく。


「説明は聞いただろ、モンスターで人間に好意持ってる奴なんて一人もいねえんだ。特にアイツはヴァールダント様の元で働いてた側近だったからなぁ」


 仕方ねえ、そういってグレッグは自分のプレートと僕のプレートをぶつけて連動させた。


「お前が独り立ちできるまでは俺が一緒にやってやるよ」


 グレッグの思いがけない好意に嬉しくなった僕は目を輝かせて本当に!?と彼につめよった。


「あ、でも大丈夫なの?モンスターって人間が嫌いなんでしょ?」


 まぁそりゃお前、あれだ。とマスターが苦笑いして言いかけたのを塞ぐようにグレッグが少し大きな声で言う。


「勘違いするなよ、少しだけ責任感じてるだけだからな。お前がのたれ死んだら少し気分が悪くなっから、別にお前が気に入ったとかじゃないんだ」


 ちらっちらっ、そう言いながらグレッグが何かを期待するような目をして僕を見た。


「別にお礼とか言わなくてもいいんだからな?」


 ははぁ、なるほどなと僕は心の中で笑う。


「ありがとうグレッグ、君は凄く優しくていい人なんだね」


 にんまぁ、と文字が浮かびそうなほどの笑顔になったグレッグ。その尻尾の振り具合が棍棒を振り回すそれのようになり、通りかかったモンスターを数人吹き飛ばしてしまった。


「ははぁ、なるほどねぇ」


 マスターがコップを吹きながら頷くと、グレッグは顔を赤らめながら彼に文句を言いたげな顔をする。


「なんだよ」


「なんでもねぇよ、お前もちょっとばかしは可愛いところがあったんだなと思っただけさ」


 グレッグの全身の毛が逆立ち、彼が掴んだカウンターテーブルの一部が粉砕された。


「ふざっ……」


 立ち上がろうとしたグレッグの肩が僕にあたり、僕がよろけると彼はふっと冷静さを取り戻した。


「まぁいい、酒だ酒、お前はミルクにしとくか?」


 グレッグがそういうと同時にマスターがグレッグの前には酒、僕の前にはミルクの入った木製ジョッキを置いた。


「今日の飲み代はおごりにしといてやるよ」


 そう言ったマスターに余計な事しやがってと悪態をつくグレッグに僕はつい笑ってしまう。


「飲んだら装備とか見繕いに行くぞ」


「うん、これからよろしく!」


「いいねぇ、威勢よくいこうか!」


 僕とグレッグは互いのジョッキをぶつけ合い、僕らはそれを一息に飲み干しカウンターに叩きつけた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る