星彩の召喚札師ⅩⅤ

くいんもわ

終点地へ

その場所

 エタリラ北部風の国ナームの南部にて野宿をし、火の番をするエルクリッドは月輝く夜空を見上げ手を伸ばす。

 そして手を握り締め、そっと掌を開いて見つめてここまでの旅路を振り返る。


(色々、あったなぁ……)


 全てを失い、得て、再び失い、強さを求めて学び、仲間達と出会い共に行動する中で自分の知らない真実に辿り着いた。

 それを経てからも旅は終わらず悲願を果たし、そして今、真の終わりへと近づくのを実感しつつ、目を瞑り胸に手を当てる。


(エタリラの中心……そこへ至る場所、か)


 エタリラを守護する十二星召達との戦いは残るは一人のみ、自分を助け戦い方を教えてくれた師であるクロスだけ。

 彼がいる場所は先日激闘を繰り広げた十二星召筆頭デミトリアから伝えられ、同時に彼からその場所の事を聞いた。


 エタリラ中央の湖にある島の存在、最果ての場所とも終焉の地とも言われるそこで待っていると。そこへ至るには五枚の神獣のカードを揃える必要がある事を聞き、エトラのカードを託された。

 そして、エタリラを創りし者がエルクリッドを待っている事も。


(創造神クレスティア、前に一度会ったけど……今度は、直に会うって事になるのかな)


 以前に一度だけエルクリッドはエタリラの想像主たるクレスティアと間接的に話し、その穏やかな態度や試練として繰り出す技の鋭さに驚かされた。

 同時にその時に言いたかった思いを、訴えねばならない事もあると思い返し、静かに深呼吸する。


 と、天幕から出てくるタラゼドに気づいてエルクリッドが振り向き、穏やかに微笑む彼が焚き火を挟んで向かい側に座ると火を見つめて沈黙し、やがて彼へ静かに問う。


「タラゼドさん、あたしは……何の為に生まれてきたんでしょうか」


 その言葉にタラゼドはすぐに答えず、膝を抱えながら言葉を紡ぐエルクリッドの思いに耳を傾け続ける。


「あたしがいなければ死なずに済んだ人たちがいた、もしもの未来を考えたり……でもそれは戻れないものだし、やり直せないってわかってるけど、でも、思わずにいられない」


「それはごく普通の思いです、誰もが、あの時こうしてれば、と思うように」


 優しく包むようなタラゼドの言葉に目を潤めるエルクリッドが、ぐっと手を強く握り締めながら瞳孔を細くし赤の髪色が黒混じりのものへと変わる。

 彼女の中に秘められた力、かつて災いをもたらした火の夢エルドリックの力にして、エルクリッドに潜むアスタルテの存在が制御するものだ。


「望んでもいないのにこんな力もあって、でもそれがあったから乗り越えられたものもあって……どう受け止めればって、まだまだ悩みます。そのせいで、あたしは……」


「それ以上は口に出さない方がよろしいかと。あなたの為でもありますし、先立った人達も望みません」


 微かに声と身体を震わせ腕に顔を隠すエルクリッドにタラゼドは付かず離れずといった対応で、しかしあくまで寄り添う事は放棄せずに受け止め続ける。

 そんな彼の態度にエルクリッドはずるいですと呟き、次の瞬間に素早くカードを引き抜きタラゼドへ向けるが彼の方が一瞬早く魔法を用いてひかりの帯で腕を拘束しており、その早業には流石ですと苦笑しながら答えエルクリッドは手を引く。


 タラゼドも光の帯を消しながら生きる事に答えはありませんと話し、目を見てさらに彼女へ伝えるのは問いへの解答だ。


「生命ある者達は種の保存や、先人達の思いを次の世代に伝える為に生きるとされますが、それが真実か証明できた者はいません。証明しようとした者はいたかもしれませんが、それすらも過程にすぎないもの……となるのやもしれません」


「あの人は、ネビュラはそれを証明しようとした、のかな?」


 それはわかりませんと名前が出たネビュラの事をタラゼドも思い返す。

 エルクリッドの出生のみならず数多の災禍に関わり、純粋なまでに答えを求めた一人の存在ならば生きるの意味に答えを出していたかもしれない。


 だがそんな彼は最後にエルクリッドを助け、己の求めた答えを知り旅立った。所業は許されるものでなくとも、最後の瞬間にした事は誰かを救う行動であったのも間違いないのだから。


 ですが、と、タラゼドは焚き火に薪を追加してからエルクリッドを改めて見直し、彼女の髪と瞳孔とが元に戻るのを見ながら微笑む。


「エルクリッドさんがいたからノヴァはリスナーとして成長したのは確かです。シェダさんや、リオさんも、そしてわたくしも、犠牲や失うばかりの道でない事もまた事実……今のあなたならば、それもわかっているとは思います」


「うん……そうですね」


 失うばかりの道ではない、頭ではわかってた言葉を誰かに言ってもらえた事でほんの少しエルクリッドは心の整理がつき、いつものように両頬をパンっと叩いて気を取り直し笑みを零す。


「ありがとタラゼドさん、いつも、支えてくれて」


「それがわたくしにできる事ですからね」


「あたしの監視、だからってわけじゃないのは、今ならわかります」


「そう言ってくださるとわたくしも救われます。こちらこそ、感謝致します」


 満面の笑みをタラゼドにエルクリッドは返しながら、己の中に高まる衝動をぐっと抑えて表に出ないように努めた。

 火の夢の欠片、アスタルテが心に囁く。より完璧となる為に得るものがあると、それを聞き流しながらエルクリッドは立ち上がってタラゼドと顔を合わせ微笑む。


「それじゃ火の番お願いしますね」


「えぇ、ゆっくり休んでください。おやすみなさいませ、エルクリッドさん」


 おやすみなさいと返すエルクリッドは天幕に入って横たわり、自分の両肩を掴み深呼吸を繰り返す。


 そんな彼女の様子をタラゼドは気づきつつ、静かに掌に光を呼びふっと吹いて周囲に飛ばす。優しく眠りへと誘う魔法にエルクリッドも眠気が強くなって目を閉じ、やがて眠りについた。


「最後まで見届けさせていただきますエルクリッドさん。火の夢の終わりと共に……」


 待ち受ける試練の意味をタラゼドは知る。だがそれを伝えるのは胸に留め沈黙を貫く。

 エルクリッドならばそれを乗り越える、そう信じながら月輝く夜空を見上げるのだった。

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