第10話 苦闘

森の奥へ五分も歩かないうちに、空気は重くなった。

まるで木々そのものが息をひそめているかのように。


落ち葉のざわめきも、枝の折れる音も――すべてが脅威を孕んで響く。


最初に沈黙を破ったのは、案の定、桜だった。


「で、リーダー。モンスターに遭遇したらどうするの? とりあえずぶん殴って、質問は後回し?」

彼女はほとんどスキップしながら俺の隣を歩く。


ポケットに手を突っ込みながら答える。

「それはお前が、即落第したいのか、それとも恥かいてから落ちたいのか次第だな。」


「ひどっ!」桜は大げさに息を呑んだ。「ヒラくん、冷たすぎ! 私は優秀な戦士なんだから! ただ……」

彼女はちょっと考え込み、ぽつりと言った。

「……作戦は苦手。」


「知ってる。」


後ろを歩く幹生は黙っていたが、空中に炎文字で書きつけた。


『彼女はどうせ突っ込む。考慮に入れろ』


「ほら、幹生は私のこと分かってる!」桜は得意げに舌を出す。


「それは褒め言葉じゃなくて警告だろ……」俺はうめいた。


桜が反論する前に、地面が揺れ、前方の木陰から何かが姿を現した。

霧のような体を持つ巨大な狼。半透明に揺らぎ、目は淡い紫に光っている。


桜は俺の袖をぎゅっと握った。

「うわ、きも……でもちょっとカッコいいかも。」


「撫でたいとか言うなよ?」

「言ってない! ……ちょっとは思ったけど。」


狼が低く唸る。森全体が鳴動するような声だった。


幹生がすばやく書く。

『試験用の敵。観察しろ』


「了解。」俺は一歩前に出る。体の奥でオーラが唸りを上げる。

「どのくらい強いか、見てやる。」


動こうとしたその瞬間、桜が狐火を放った。

炎が狼の胸を貫き、霧の体を四散させる。


「やった! 一撃必殺!」


だが霧はすぐに集まり、狼は再び姿を取り戻した。

「……一撃、脳細胞ゼロだな。」

「ちょっと! 試しただけでしょ!」


狼が突進してくる。爪は煙の刃のように鋭い。

俺は迎え撃ち、拳を振り抜く。

霧の体は裂け、今度こそ火花と共に消滅した。


「ヒラくん、カッコつけすぎ。」桜は頬をふくらませる。

「違う。効率的なんだ。」


幹生が手を叩く。雷鳴のような音が森に轟いた。

炎文字が宙に浮かぶ。


『音に弱い。物理で止めを』


「なるほどな。」頷いたその時。


森全体が唸りを上げた。木々の奥、無数の瞳が灯る。

紫の霧の中に、赤い光点が散らばるように。


桜の狐火が周囲を照らす。

「やだやだやだ……リーダー? パニックしていい?」


「却下だ。陣形を取れ、ゼロ班。」


幹生が簡潔に書きつける。

『群れが来る』


「やっぱりか。」


茂みを突き破り、次々と霧狼が飛び出す。

群れが現れた。


そしてゼロ班にとって――ここからが本当の生存試験だった。


森の上から差す陽光が木々の影を揺らす中、クラウドナイン班は前進していた。


先頭はフジ。無言で冷静、影がかすかに揺れる。

後ろでミカサが眼鏡を直す。その奥の「霊眼」が淡く光り、周囲を探る。

さらにその後ろを歩くのはタリア。腕を組み、感情を表に出さない顔。


「この辺り、オーラ反応が多すぎる。」ミカサが小声で告げる。「弱いのもあれば……強いのも。」

「まとまって動け。必要になるまで分かれるな。」フジは低く返す。


タリアが口の端を上げる。「ベテランみたいね。」


枝が折れる音。木陰から二体の狼型の獣が姿を現す。


「俺が足止めする。」フジの足元から剣が伸び、槍のように突き刺す。

「……まだ力不足か。」


「なら、私が印をつける!」ミカサの眼鏡が光り、霊眼が敵のオーラの流れを読み取る。

手の中にオーラの銃が形作られ、震える指で狙いを定め――バン!

弾丸が狼の脚を撃ち抜いた。


「当たった!」彼女は驚きに声を上げた。


もう一体が彼女に飛びかかる。

フジの剣が閃き、軌道を切り裂く。

「集中を切らすな。」


隙を突き、フジの剣が一体を粉砕。

残りの一体も舞うような剣技で斬り裂かれ、霧散する。


息を切らし、震えるミカサにフジが一瞥を投げる。

「大丈夫か。」

「う、うん……ちょっと、使いすぎただけ。」


「この調子じゃ日没まで持たないな。」フジは肩をすくめる。

その影がゆらりと揺れ、彼の瞳は冷静に光る。

「だが――適応する。それが試験だ。」


彼らはさらに奥へと進んでいった。


森の小道は不気味なほど静かだった。


「この静けさ……仕組まれてる。」スキが低くつぶやく。

「仕組まれてても関係ない。」ユキが頷く。「やるだけ。」


後ろのジャクソンは落ち着いた表情で手を開閉していた。

「心配するな。血が流れれば――俺のものだ。」


金属の悲鳴。藪から鋼鉄と樹皮でできたゴリラ型の構造体が現れる。

地面を叩き、震動が走る。


「重戦力かよ……」スキがうめく。

「なら踊ろう。」ユキが返す。


双子は疾風のごとく駆け出す。

一体の足をユキが切り裂き、スキが背後から肘を叩き込む。

巨体が倒れ込む。


ジャクソンはその場を動かず、手のひらを裂き、血を鞭のように操る。

「クリムゾン・バインド。」

血が鋼を貫き、構造体を縛り裂いた。


「出力が……大きすぎるな。」彼は舌打ちする。


「抑えろ!」スキが叫ぶ。


だがジャクソンはさらに血を刃へと変え、ゴリラを両断した。

最後の一体が煙を散らして倒れると、静寂が戻った。


ユキとスキは肩を並べ、平然と立つ。

ジャクソンは血を拭い、闇の笑みを浮かべた。

「……まあ、準備運動だな。」


ユキが腕を組む。「消耗が早すぎる。」

「燃え尽きた方がマシだ……無力よりはな。」


双子は目を合わせただけで何も言わず、三人はさらに森の奥へ進んでいった。


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作者コメント(幹生)


霧でできた狼。弱点を突かないと消えない化け物。三分おきにパニックする桜。何でもないふりをするヒラ。――まあ、いつも通りだ。


だが、データは取れた。

音に弱い。物理で止め。覚えておけ。

(どうせ読者は戦うわけじゃないがな。)


(桜:「なにそれ、説明書みたい! やる気ゼロ!」)

(ヒカル:「幹生は説明書だろ。」)


……無視する。


この試験が面白いと思ったなら、コメントとフォローをしておけ。

さもないと桜がまた俺に作者コメントを書かせる。――それだけは勘弁してほしい。


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