悪役令嬢に婚約破棄された俺、辺境でスローライフ満喫中。実は裏で全てを操る黒幕軍師でした
妙原奇天/KITEN Myohara
第1話 婚約破棄、そして追放
――王都の大広間は、いつになく華やいでいた。
磨き上げられた大理石の床、壁に掛けられた豪奢なタペストリー。中央には煌びやかなシャンデリアが灯り、宰相から貴族子弟に至るまで、王国の要人たちが一堂に会している。
その場の中心に立たされていたのは、侯爵家の次男である俺――アルディス・クローヴァ。
形式上は今日、俺と公爵令嬢の婚約を公式に発表するはずだった。だが、目の前にいる令嬢は扇子で口元を隠し、涼しい目で俺を見下ろしている。
「アルディス様。……いいえ、アルディス。あなたとの婚約は、この場をもって破棄いたします」
令嬢――リディア・エヴァンジェリンの言葉が大広間に響いた瞬間、ざわりと空気が揺れた。
まるで台本通りに、と言わんばかりに取り巻きの若者たちがクスクスと笑う。
「やっぱりな。無能のくせに侯爵家の威光で縁談を結ぼうなんて厚かましい」
「スキル鑑定のとき、戦闘向きの力は一切なかったそうだ。軍務にも魔術にも不向きだとか」
「しかも頭でっかちで、机上の空論ばかり並べるって聞いたぞ」
嘲笑の波が押し寄せる。
俺はただ、黙って彼らの言葉を聞いていた。否定も、反論もしない。
なぜなら――これは最初から決まっていた筋書きだからだ。
リディアは続ける。
「わたくしにはふさわしい相手がいますの。彼こそ王国の未来を背負うお方。……この婚約破棄をもって、アルディス、あなたは侯爵家の庇護を失い、身分も剥奪されますわ」
そう言って彼女は隣に立つ男に寄り添った。
煌びやかな軍服を着こなしたその男は、次期王太子の側近にして、今や貴族子弟の間で英雄と持て囃されている人物だ。
――よくある話だろう?
「無能な婚約者を捨てて、新たな英雄と結ばれる悪役令嬢」。
その茶番を演じることで、彼女は喝采を浴び、俺は見せ物として笑われる。
……まあ、いい。
俺は静かに一礼した。
「承知しました。婚約の件、すべて受け入れましょう。侯爵家の籍を離れ、辺境にて生きていきます」
俺のあっさりした返答に、場が一瞬ざわめいた。
リディアの眉がわずかに動いたのを、俺は見逃さなかった。きっと彼女は、泣き叫んで縋りつく俺の姿を想像していたのだろう。だが――。
「……っ、ふ、ふん。そうやって格好をつけても、哀れなことに変わりはありませんわ」
彼女は苛立ちを隠しきれず、扇子をぱちんと閉じた。
周囲は「見事な裁きだ」と囃し立てる。だが、俺の胸中は奇妙なほど静かだった。
――これでようやく自由だ。
その夜。
追放の支度を整えた俺は、侯爵家の執務室で最後の荷造りをしていた。
「……これで全部か」
机の引き出しから取り出したのは、幾枚もの羊皮紙。そこには緻密な軍略図や、戦場での布陣案が書き込まれている。
誰も知らない。俺がかつて“影の軍師”と呼ばれ、幾度となく戦場で勝利を導いたことを。
――なぜ無能と呼ばれ続けてきたか?
理由は単純だ。俺のスキル〈黒幕〉は、決して表に出せる代物ではないからだ。
〈黒幕〉――それは「誰にも気づかれぬまま、状況を誘導し、勝利へ導く」能力。
戦場であれば兵の士気を操作し、敵の行軍を誤らせる。市井であれば商人の取引や噂話を操り、望む方向へと流れを変える。
しかしその効果は曖昧で、証明不可能。表面上は「何もしていない」ようにしか見えない。
だからこそ俺は、王都で無能と蔑まれ、婚約すら破棄される結果となった。
「……だが、辺境ならば誰も干渉しない」
羊皮紙を束ね、革袋に収める。
これから向かうのは、王都から遠く離れた辺境の村。魔獣の脅威にさらされ、誰も好んで近づかない土地だ。
だが俺にとっては、うってつけの隠れ蓑。そこでなら、のんびりと畑を耕しながら静かな余生を過ごせるだろう――表向きは。
本当のところは、まだ分からない。
俺のスキルが、再び戦場を呼び寄せるのか。それとも本当に平穏を与えてくれるのか。
「……まあ、なるようになるさ」
俺は最後に侯爵家の屋敷を振り返った。
明日から俺は、ただの追放者。だが同時に――影から国を動かす黒幕軍師でもある。
翌朝。
王都の門を出る俺を見送ったのは、ほんの数人の使用人だけだった。
その誰もが「お気をつけて」と形式的に頭を下げただけで、目には冷たい色を宿していた。
「……はは、徹底しているな」
俺は肩をすくめ、馬車に乗り込む。
車輪の音が遠ざかるにつれ、王都の喧騒が薄れていく。やがて見渡す限りの草原が広がり、風が頬を撫でた。
――ここからが、本当の始まりだ。
俺の物語は、誰もが「追放された無能」と笑ったその瞬間から動き出す。
辺境でのスローライフ。だがその裏で、国をも揺るがす暗躍が始まろうとしていた。
(第1話 了)
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