天の漫ろ雨 ~幼馴染の女子が好きな私が男子に告白される話~
水玉そら
1.幼馴染
あなたは自分のことが好きだろうか。この問いにはいかいいえで明確に答えを出せる人は少ないだろう。
これを自己肯定感というらしい。日本人はこの自己肯定感が低い人が多い。
自分を表現することに抵抗を持つ。誰も周りに合わせて染まっていく。周りと違う人は異端とされ排除される。
自分はそんな酷いことはしない。実はほとんどの人がそうだったりして。
1人の女子高生、天宮やしろは答えを持っている。自分が嫌いだ。登校しながら毎日思う。
隣の浜西三波を見ると心が変になる。他の人とは違う感情を抱く。なのでいつも直視しないように道路標識を見ている。
いつも元気な三波は自慢の友達だ。引っ込み思案な自分とは違う。
やしろは、静かで話しかけられると焦って語彙が回らなくなる性格の自分も、そんなことを考えて落ち込む自分も嫌いだ。
***
昼休み、有線のイヤホンをつけて失恋ソングを聴く。妙に私に当てはまる。恋人ができた経験はない。できるのだろうか。恋愛のことを考えるとなぜか三波が頭に浮かぶ。
右端の自分の机にうなだれる。ため息を聴くクラスメイトはいない。私に興味がないんだ。
「ワイヤレス買おっかな。」
親戚から貰ったお小遣いやお年玉が引き出しに溜まっている。中学生くらいからのお札が山ほど。所持金の多さはこのクラスでダントツだろう。
学食にパンを買いに行こう。昼休み開始直後は混み合うので時間をおいてから行く。
耳からイヤホンを外した。ねじれて絡まっている。またため息をついた。
強く絡まっている部分を緩める。この作業は人生において最も不要な時間だと思っている。無駄に細やかで頭が痛くなる。
「貸してみ。」
手を出してきたのはクラスメイトの
言われるがまま絡まったイヤホンを渡した。日下部くんは難しい顔をしていろいろな方向から探っている。
なかなか解けない。日下部くんは焦っている様子だ。私も申し訳なくなってきた。
「もういいよ。」
「あ…そう。ごめん。」
学食に行かなくては。
「ありがとう。」
会釈して。学食へ向かった。すると、かすかに後ろから声が聞こえた。
「何やってんだよ。」
「イヤホンが固かったんだよ。」
「天宮さん、気ぃ使ってたぞ。」
勉の友だちだ。見られてた?何かしてた?
少し気になったがすぐ学食へ向かった。
廊下で三波と出くわした。正面で目が合った。三波は私を見るなりパッと明るい顔をした。
「あ!やっちゃん!今日一緒にお昼食べよ。今日萌香休みなの。」
萌香とは
「い、いや…。」
三波にとって私は2番手なのだ。
「いっつも私の誘い断るじゃん?今日くらい一緒に食べよ?」
「だ、だって…」
だって期待しちゃうから。なんというか、私ごときが隣にいていいわけないし。私ごときがそういうことを期待していいわけない。
「そう?無理強いはしないけど。」
三波はことあるごとに誘ってくれる。きっかけさえあればいつでも話しかけてくれる。三波には境界線がない。私もこうなりたい。
「ごめん。」
「また絶対誘うからね。」
おそらくそのときも断るだろう。
***
放課後、私は1人廊下を歩いていた。昼に聴いていた失恋ソングを口ずさむ。
「きーみは、どうしてー、いとおーしいの。僕のこと、嫌いなーのぉ。」
1人が好きだ。周りと干渉しないし、何もとやかく言われない。
歌を口ずさむ自分を通り過ぎていく人がちらっと覗いていく。
「よっ。帰ろ。」
三波が後ろから肩を掴んだ。
「う、うん。」
「おっしゃ!」
廊下の端を見つめる。緊張する。なんでなんだろう。これは勘違いだ。体のどこかが異常を起こしているだけで自分の意思ではない。
「お、来た来た。」
男子2人組が下駄箱から覗いていた。今姿を隠した。
私を見ていたのか。いや、後ろの人かもしれない。第一、さっきの男子とまともに話したことなんかない。
すると、三波が手を掴んできた。
「大丈夫。最近なんか元気ないけど、大丈夫だよ。」
ふわっと浮いた感覚になった。心臓が速い。なんとかしないと。深呼吸をすれば治るだろう。だけど、うまく息が吸えない。
下駄箱についた。靴を取り出すので手が離れた。ほっと安心したけど寂しくもあった。今のうちに息を整えておかないと、どうにかなる。
「天宮さん。お、お話が…あるんですけど…。」
日下部くんだ。嫌な予感がして、靴に手をかけたまま固まってしまった。自分のターン、何か返さないと。口が開いたまま声が出ない。
日下部くんは何も言わない私を見て、焦って全て言ってしまった。
「天宮さん。俺と付き合ってください!」
周りには少数の生徒。全員が注目した。
「お、俺、静かでおっとりしてる天宮さんのことが前からずっと気になってて……それで……なんていうか……」
続いて私に注目が集まった。日下部くんの友達も、三波も見ている。
すぐに答えられない。普通なら断る。断らないといけない。断る理由ってなんだ?三波が好きだから?いや、それは偽物だ。勘違いだ。
"普通なら"男子とお付き合いをする。"普通なら"男子とデートして、遊園地に行ったり、水族館に行ったり。
やっと普通になれるかもしれない。自分のこと好きになれるかもしれない……
「お願いします……」
気づいたら了承していた。周りはみんな面白がった。日下部くんは顔を赤くして喜んだ。
しかし、三波だけは心配した。
「え?いや、大丈夫?早くない?」
私は戸惑った。自分の答えが間違っていたのか。なら訂正しないといけない。だが口が動かない。周りを見渡す。
「あ…」
その場は緊張した空気が包んだ。
三波の目は日下部くんと私を行ったり来たりした。
———
三波はこの場の中継役は自分だと思った。やしろは訳が分かっていない様子。日下部くんはその場に立ったまま後ろの友達をチラチラ見ている。
———
三波は私の靴を持って下に置いた。
「とりあえず、履こ。」
私は手が震えている。履き終えるまでその場にいる全員が待った。
立ち上がると三波は手を引いて外へ連れ出した。日下部くんのことを無視してしまった。
校門を出て立ち止まった。急に走って息を切らした。
「し、深呼吸。」
三波は背伸びをして見せた。
「ほら。」
私も両手を上に持ち上げて背中を伸ばした。少しだけ視界が明るくなったように感じた。
「ごめんね。私邪魔したよね。」
私にとって三波の心配は邪魔ではなかった。いつも私を助けてくれるので感謝している。
「やっちゃんがいいならいいんだ。」
いいのかな。本当にいいのはどっちだろう。どれだろう。何だろう。普通になりたい。
何も話さない私に三波は困った様子だ。
「やっぱり邪魔だったよね。先、帰るね。」
そういうと、勢いよく走っていった。そのとき、私には三波を引き止める勇気はなかった。
***
「ごちそうさま」
夕食と風呂を済ませベッドの上で続きを考えた。
自分が今置かれている状況―
日下部勉に告白された。私はお付き合いをするのを断るか了承するかどちらかを選ばなきゃいけない。
寝返りをうって続けた。
男子とお付き合いすれば私の三波への変な感情はなくなるかもしれない。日下部くんは良い人そうだ。一緒にいる時間が増えればきっと三波との時間は減る。顔を見なくて済む。
減っちゃうのか…
***
気づけば朝になっていた。
「三波…」
都合よく三波が出てくる夢なんか見れなかった。
学校…どうしよ。
寝ぼけながら思い体を起こした。朝日がまぶしい。スマホを充電器から外す。画面には6時と映った。
そのままメッセージアプリを開く。一番上は母、その次が三波だ。
「今日、学校休む」
メッセージを送ってから決めた。再び布団にくるまる。寝てしまおう。そうすれば時間は過ぎてくれる。
目を覚ました。10時。さすがにもう寝られない。だが、起き上がる気力がない。スマホの画面には三波のアイコンが溜まっていた。既読を付けないように通知バーを長押しした。
「大丈夫?体調悪い?」
「もしかして私のせい?ほんとにごめんね。」
「来れるときに来てね。」
「また授業の内容教えてあげるから。」
既読を付けなくてよかった。この内容にどうやって返事すればいいかわからない。
***
一方、学校の三波は既読の付かないメッセージ画面を見つめて心配した。
授業中、やしろの席が空いていると寂しくなる。特別、授業に支障をきたすことはない。しかし最近のやしろを見て少し違和感を感じていた。元々静かのは昔から変わらないのだが、たまにとても深刻そうな顔をしていた。
自販機で緑茶を買った。最近110円から130円に値上がりした。
すると、誰かに肩を突かれた。ソワっとしたので身を屈めた。
「ひゃっ!」
後ろを振り返るとそこには日下部くんがいた。
「ご、ごめん!話しかけ方がわかんなくて」
日下部くんは両手を挙げ、無実をアピールした。屈んだまま取り出し口から緑茶を取った。
私から見て日下部くんには悪い気はしない。気遣いができる少しシャイな優しい人。
「大丈夫。そんなビビらないで。」
挙げた両手を後ろに隠した。
日下部くんはクラスの中でも真面目な印象が強い。きっとやしろへの気持ちも本当だろう。
「あ、あの。俺のせいかな?」
「え?」
スカートの埃を払いながら立ち上がる。
「天宮さん、今日休んじゃって」
日下部くんも自分のせいにしていた。私は日下部くんに、更に好印象を抱いた。
「いや、私のせいだよ、邪魔したし。ごめんね」
日下部くんはそれでも自分の意見を貫いた。
「いいや、俺のせいだよ。あんないっぱい人がいる所で焦って全部言っちゃって、天宮さん絶対嫌な気持ちになったから……」
すると、自販機の横から萌香が顔を出した。気にせず自由に話し始めた。
「三波!お昼行こ!」
しばらくの静寂の後、日下部くんを見て続けた。
「なんか話してた?」
日下部くんと目を合わせて答えた。今の話は日下部くんとやしろのプライバシーに関わるので、はぐらかした。
「いや、なんでも」
すると強引に肩を掴んで日下部くんから離した。後ろを振り返って日下部くんを見ると小さく手を振っていた。
日下部くんはやしろに謝りたいのだろう。その心の温かさに日下部くんを応援することに決めた。
2人は人のいる廊下へ戻った。萌香は話題を逸らすように私に話しかけた。
「聞いてー!昨日マジでだるかったんだよ!」
昨日は萌香が学校を休んでいた。今日の元気さからして風邪ではないだろう。
「全く知らない親戚の葬式ってなんであんなつまんないのー。麻酔薬打たれてるくらい睡魔エグかったんだけどー!」
「へ、へえ」
やしろと違って萌香は声が大きい。いつも自分の話をしてくれる。
今回の話題は触れづらいので受け流した。
***
天の漫ろ雨 ~幼馴染の女子が好きな私が男子に告白される話~ 水玉そら @soramamenoyume
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