2-2



*****



 えー、人生で初めてではないでしょうか? お昼と夜をそこねました。

 先程、何かの動物の鳴き声のようなものが聞こえて目が覚めましたら、まさかの真夜中だったのです。


「ん? 起きたか」


 しゅしんしつのベッドの中で、少し気だるそうな表情のレオン様にきしめられていたせいで、お昼からの出来事が脳内によみがえりました。あと、『煽る』の意味と『匂い』について、とてもよく理解させられました。


「っ! いえ、まだ眠っています!」

「んははは! ものすごく元気だな。食事はどうする? さっきから腹が鳴っているが」


 ゴギュルルルと、何かの動物のうなごえのような音がするなと思っていましたら、私のお腹の音でした。


 ペコペコです。


「食べます」

「っ、ふふふ。だろうな」


 レオン様がベッドから起き上がり厚手のガウンを羽織ると、夜番の使用人を呼び出すベルを鳴らしました。慌てて私もガウンを羽織りました。ちょっとしどけない格好でしたので……。


 食事をたのんだあと、十五分ほどして夜番の使用人がワゴンを押してきました。

 主寝室のテーブルに二人分のボロネーゼパスタが並びます。


「クラウディアが食べたいと言ったそうだな。君なら、この時間でも食べられるだろう?」

「はい! ありがとう存じます!」


 レオン様は分かっていらっしゃいますね! 私、ホーンラビットのボロネーゼパスタ、本当に楽しみにしていたのですよ。

 これがお父様ですと『クラウディアちゃん!? 夜中にそれは美容に悪くないかな!? そもそも、胃もたれこわくないの?』とかなんとかしつこいんですよね。


 嬉しさのあまり自然とた笑顔で感謝を伝え、フォークでパスタを巻取り、パクリ。


「んんんーっ! お肉の旨味がギュッとぎょうしゅくされています。本当に、料理長はゆうしゅうですわ」


 ソースがイチジクいったくだったのは、たぶん食にあまり興味が無かったレオン様が『好き』だと言ったせいでしょう。


 今後は色んな味にちょうせんさせたい、と伝え忘れていました。

 明日、厨房に行った際に伝えて、今後の計画を練らなければなりませんね!


「ん、美味いな」


 にこにこ笑顔でパスタを食べているレオン様。聞けば、レオン様も何も食べていなかったそうです。

 私が寝ている間に食べていてくださってよかったのですよ? と言うと、レオン様が「んー。クラウディアと一緒に食べた方が美味い。そもそも、まぁ、なんだ……クラウディアが食べ損ねたのは私のせいだしな?」と、ちょっと申し訳なさそうにまゆを落とされました。


 ――――あら? あららら?


 なぜかまたもや胸の奥がギュッと締め付けられます。でもこれ、たぶん、レオン様に伝えたら、またろくなことにならないヤーツですよね? 

 私、ちゃんと学びますので! コレは、秘密にしておいた方がいいヤーツ!

 

 ちゃんと覚えました!

 

 そんなこんなで、レオン様と激しめにイチャコラしてしまった三日後、料理長からリエーブル・ア・ラ・ロワイヤルが出来上がったと報告がありました。あの日から、ずっと煮込んでくださっていたのですよね。本当にがたいです。


 夕食に出してくださると聞きつけてから、お昼を食べたばかりなのにワクワクドキドキ、グルグルペコペコ。気もそぞろになってしまい、弓やナイフの手入れに集中できません。


「っ……ふぅ。いったんここで止めますわ」


 侍女に部屋に戻ることを伝えました。こういうときは本を読むに限ります。魔獣図鑑とは別にレオン様にお借りした分布報告を読むことにしましょう。


 へんきょうはくりょうの国境付近では、かくてき弱いホーンラビットから始まり、希少なりゅうなどはばひろい魔獣がいるそうです。


 分布図を開き見ていると、先日のふもとの森には『ホーンラビット』のほかに『ファイアーラット』などの小型魔獣が多く生息しているようでした。そこから更に上の方に行くと、普通の牛よりも大きな角を持ったぎゅうや、コカトリスという毒を持ったへびにわとりが合体したような魔獣も出るのだとか。


「コカトリスって、美味しそうよね? 分類的には蛇なのかしら? 鶏なのかしら? そもそも食べられるのかしら?」

「……えっと、私にはあまり美味しそうには見えません」


 お茶を差し出してきた侍女に話しかけると、苦虫をつぶしたような顔をされてしまいました。夕食の席で、レオン様にも聞いてみましょう。


「――――ということがありましたの」

「コカトリスか」


 レオン様いわく、蛇の部分と鶏部分は別の脳を持っており、身体からだの主導権は鶏側なのだそう。蛇の部分は毒線があるから素早く斬り落とし、蛇の頭を刺すというのが戦うときのコツ。

 鶏部分のみになると、野生の鶏とはそこまで大差がないそう。


 魔牛においては、ただ大きい角があるだけの気性のあらい牛なのだと説明されました。これなら、なんだかイケそうな気がしますね。次はもう少し上の方に狩りに行ってみましょう。


「メインのリエーブル・ア・ラ・ロワイヤルでございます」


 色々な計画を脳内で立てていましたら、待ちに待ったメインが到着しました。

 見た目は真っ黒なソースの海にかぶ、真っ黒なお肉と、淡いオレンジ色に近いペースト状のフォアグラなどを使った詰め物と、丸々とした黒トリュフの断面。


 とにかく、黒い。


 ただ、赤ワインとブランデーをたっぷりと使い、お肉を煮込んでいるだけあって、とてつもなく香り高いのです。


 ゴキュリ。


 私とレオン様の喉が同時に鳴りました。


「見た目に反して、いい匂いだな」

「っ、もう食べていいですか?」

「ふっ……ん、頂こうか」

「はい!」


 美味しいものを食べると、人は『ほおが落ちる』と言いますが、本当に落ちるというよりは、なぜか頰を押さえてしゃくしてしまうので、きっと『頰が落ちそうになっているように見える』のだろうなと思いました。まさに今、私がそうしているんですけどね。


 ちなみに、レオン様は、ずっと目をつぶったまま咀嚼されていました。本気で味わっていらっしゃいますね。ちょっと可愛かわいらしいです。


「……レオン様、とても……とてもとてもとても美味しいですわね」

「あぁ。複雑かつ力強い味……これは…………ハマるな」

「えぇ。もう少しだけ食べて、この複雑さをひもきたいような?」

「っ! ぐうだな。私もそう思っていた」


「「…………」」


 ちらりとからう視線。

 それは、腹の奥底からる欲望―――― 。


「「おかわりを!」」


 リエーブル・ア・ラ・ロワイヤルを…………おかわりしました。二人とも。つい。

 味を紐解くとかいう『言い訳』そっちのけで、二皿目もぺろりと食べてしまいました。自分で作ったものや、以前レストランで食べたものよりも、格段に美味しいんです。料理長のうではもちろんなのですが、ホーンラビットのお肉というのも、理由の一つなのかもしれませんね。


「ふぅ。久しぶりに満腹になるほど食べた」

「あら? いつも満腹になっていなかったのですか?」

「ん。いつなんどき大型魔獣の出現があっても動けるようにな。満腹だと、身体の動きがにぶくなるから」



 レオン様は、どこまでもたみを守る騎士なのですね。

 そういえば少し気になっていたことを聞いてみましょう。

 そもそもレオン様って、辺境伯なのですよね。辺境伯とは、はくしゃくよりも地位が高く、国王陛下から様々な裁量の権限をあたえられている存在です。小国の王と言っても過言ではないほど。


「――――なのに、なぜ騎士を続けていらっしゃるのですか?」


 騎士団長も務められ、討伐にも出て、新人の教育にまでもついていき……どれだけ仕事を掛け持ちされているのでしょうか?


「……………………仕事を制限し、ともに過ごす時間を増やしたいという話か?」


 レオン様の目付きがするどくなり、辺りが寒くなったような気さえするほどにいた声を出されました。なぜ、いかりのような、らくたんのような感情をあらわにされたのでしょうか?


「いえ、全く。ひと欠片かけらも」


 そうお答えすると、レオン様の鋭かったひとみこんわくしているいぬのような瞳に変わりました。

 もしや、勘違いされている? レオン様に我が家のことを説明すれば、分かってもらえるでしょうか?


 私はお父様が何の仕事をしているか知りません。

 常に家にいて、外で仕事をしているけいせきがないのです。私が狩りから戻ると玄関に駆け付け、厨房で何かしているとまみいに現れ、執務室にもってめずらしく書類仕事をしているのかと思いきや、手には落書きを持っていたり。ほんっっっっっとうに、何もしていないんです。


「なるほど……理解した。確かに伯爵は……まぁ、その……うん…………君の母上は幼いころくなられただろう?」

「はい。そうですが?」


 それとこれと何か関係があるのでしょうか?


うえはおそらく、幼い君を使用人に任せきりにするのは嫌だったから、君とともにいるための方法を…………色々とさくした結果なんだ。だから、そっとしておきなさい」


 ――――ん?


 要約すると、お父様のことは気にしてはいけない。ということですかね?


「そっとしておきなさい」


 二度も言われました。そんなにも『そっとしておいた方がいい案件』なのですか? ちょっと、余計に気になってしまうのですが。


「そっとしておきなさい」


 ――――三回目ぇ!?


 お父様の日常は横に置くとして、レオン様はなぜこんなにもお仕事をかかえていらっしゃるのでしょうか? 以前から不思議に思っていたので聞いてみました。


「ん。父が倒れて――――あ、病といえば病だが、討伐した珍しい魔獣を持ち上げてぎっくりごしになっただけだ」


 いっしゅんドキリとしましたが、ぎっくり腰でしたか。まぁ、ようつうはなめてはいけませんよね。


「急に『魔獣の相手はもう嫌だ』とかなんとか叫び、挙げ句に母と一緒に異国めぐりにけたいとかのたまい出してな……そのとき私は既に騎士団長として働いていたのに領主まで押し付けられた、というのが正しいな」

「あらまぁ」


 思っていたよりも、レオン様って押し付けられ体質なのですね。

 そういえば、父からは私を押し付けられて妻にしていますしね。


「どちらも続けている理由としては…………デスクワークだけだとストレスがまる」


 レオン様が顔をそむけながら、小さな声でそう言われました。少し耳が赤いような? もしかして、照れてる?


「書類仕事が苦手なのですね」

「っ、ハッキリ言うな」


 こちらに顔を戻したレオン様の頰と耳はしゅいろに染まっており、本当に恥ずかしそうにされていました。


「うふふふふ。レオン様、可愛いです」

「なっ!? 『可愛い』はあまり嬉しくないんだが……」


 レオン様の唇がちょっととがっています。

 しくて可笑しくて、おさえねばと思っているのに、笑い声が漏れ出てしまいます。レオン様って、本当に可愛いです。


「むぅ……」

「あははははは!」


 久しぶりに、大きな声で笑いました。

 お腹を抱えじりなみだにじませるほどに笑っていると、いじけていたレオン様も段々と笑顔になり、最終的にはともに声を上げて笑ってくださいました。


 私たちは違うところで生まれ、違うかんきょうで育ち、違う感性を持っていたはず。ですが、同じベッドで眠り、同じお肉を食べ、同じことで笑う。


 こうやってともに過ごしていくうちにふうきょが縮まり、形だけの夫婦から少しずつともにおもう夫婦になっていくのかもしれないですね。


「私、レオン様と結婚できて幸せですわ」

「ん? 肉を食べられるからか?」


 ニヤリとあつらうように笑うレオン様は初めて見ました。本人は嫌がるでしょうが、やっぱり可愛いです。


「それは、もちろん!」


 同じようにニヤリと笑い返しながらそう言うと、レオン様が今度は少年のように笑いました。


「ふははっ。ん、私も君と結婚できてよかったよ」


 レオン様が席から立ち上がったので、どうしたのかと見つめていると、私の横に来てゆっくりと腰をかがめました。

 頰にそっと口付けされて、またあの胸の奥とお腹がギュッとなる感覚が襲ってきましたが、口には出さずにこらえていました。

 すると、今度は耳元で「ありがとう、クラウディア」と低くかすれたような声でささやかれました。


「ひゃんっ!」


 レオン様から漏れ出たいきが耳に当たり、くすぐったくて変な声が出てしまいました。


「そう煽り返すのか…………」


 そんなつもりは全くないのになぜか『煽り判定』をくらいました。

 気付けば、レオン様に縦抱きにされ主寝室へ直行です。


 ――――デザート、まだ食べてないのにっ。

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