その3 神様とデパ地下デート
朝から早穂は早起きして、いつもどおりに朝食の用意を始めてくれていた。グリルから良い匂いが漂ってくる。あいかわらず鮭があればそれで良いのね。私はほっとした。どうやら昨夜のことは引きずってはいないらしい。
それでも、私自身もそうだが、多少は滅入った雰囲気もあったので、気分転換にとデパートへ買い物に行こうと提案した。目指すはデパ地下だ。早穂は大喜びをしていた。
大きな駅からデパートへ向かう途中、早穂の今年の冬コーデを改めて眺める。これも相変わらずなのだがストリート系のパンツスタイルだ。かっこよく似合ってはいるが、やはりひらひらしたカワイイ系も、私としては選んでほしいと思ってしまう。
そう思いつつも、もはや習慣となっているように、呟いてみる。ただ少しだけ口調は変えてみた。
「まず全身デニムって、やりがちだけど難しいのよ! でもさすが早穂。丈感が絶妙だわ。クロップドジャケットで重心を上げて、ワイドパンツで下半身に余裕を持たせてる。スタイルアップ効果、出てるわよ!」
「インナーのボーダーもね、ただのカジュアルじゃないの。ブルー×グリーンの配色が冬の寒色系にぴったり。しかも白と黒が入ってるから、全体が締まるのよ。やるわね!」
「キャップ?ええ、キャップよ。早穂は帽子が似合うの。文字入りでちょっとストリート感出してるけど、やりすぎてないのが好感度高いわ。」
「そう、早穂は”冬でも軽やかに”っていうメッセージを服で語ってるのよ。重たいコートに頼らず、レイヤードで暖かさと動きを両立してる。まるで代官山のカフェで読書してそうな雰囲気だわ!」
「靴もね、白×グレーで抜け感出してる。足元が軽いと全体が重くならないのよ。流石は早穂だわ」
隣を歩く少女を見つめながらぶつぶつ呟く女。しかも、それが他人には見えない少女である点も加味して、不気味な女そのものであることに、残念ながら私は気が回っていなかったのよ。
ちなみに、服に関して言えば早穂のセンスも確かに良いのだが、藁男たちのセンス、当人たちは藁色一色のくせに、意外にも色彩感覚については侮れないということを ……私はあえて無視をしていた。だって、生意気だもの。
そう言えば最近分かったことがある。藁男たち相手の深夜の
もしかして、と思った私は、ある日早穂の目を盗んで、こっそり聞いてみたのだ。布団乾燥機をかけていた藁男は、最初は知らんぷりをしていたのだが、私の追及に抗いきれなくなったのか、かすかに頷くと、慌てて周囲を見渡し、早穂が見ていないことを確認してから、また黙々と乾燥機をかけ続けたのだ。
そういうことがあって、私は内心忸怩たる思いを抱いたのだが、早穂のストリート系ファッションを容認することにしたのだ。
--主への忠誠心は大事よね
そう思って。
デパ地下でご機嫌な早穂の後ろを付いて歩いていた私でしたが、時折指さす早穂の欲しがるものについては、値札と銀行口座の数字を頭の中で比較しながら、首を振ったり、量を少なく購入したりと、なかなか忙しかった。魚と野菜に偏重し、肉を欲しがらない早穂は、まだお財布に優しいと言えなくはなかったが、流石に鮭一尾まるごと欲しがった時は強く手を引いてその場を離れた。
--お姉さん、捌けません
もっとも早穂なら包丁片手に捌けそうではあるが…… そんな姿は少し怖いので見たくはなかった。
電車の中で座席に座りながら、早穂が私にもたれて居眠りを始めた。
--やっぱり昨夜はあまり寝てなかったのね
いったいどれほどの時間、あの姿で怯えていたのだろう。私をさっさと起こせば良かったのに。そう思うと私は早穂の事がいじらしくなり、少し微笑んだ。
--でも、やっぱり凛子さんへは伝えておいた方が良いわね
例の村での幽霊と、バラバラ死体の件、一年前の話とはいえ、やはり解決はしていないのではないか。達也くん、凛子さんは調べるって言ってたけれど、あれからどこまでわかっているのだろうか。
私は考えた。
山の神の騒ぎがあったから、忘れていたのも確かだけれど、秋に会った時、聞いておけばよかった。進展がないなら、一度、その村へ早穂と一緒に行くべきなのだろうか。
「そのとおりよ」
突然耳元で囁かれ、私は飛び上がるほど驚いた。早穂もまたはっと目を覚まし、恐ろしく怖い顔で、私を、いや、私の隣にいる「それ」を睨んだ。
いつのまにか「女」が座って、ニタニタと笑いながら私と早穂を見ている。
その顔には見覚えがある。あの頃に比べ、明らかに生気がなくなってはいるが……
まぎれもなく「相良京子」であった。
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