その2 神様の日常とは

 --そう言えば、昔、コイツに田んぼの悪夢を見せられたっけ?

 私は目を覚ますと真っ先にそのことを思い出し、寝床の隣を見た。

 ヒルマモチは居なかった。

 --えっ?

 一瞬、居なくなったのか、夢だったのか、と思ったのだが、すぐにキッチンに立つヒルマモチに気が付いた。

 茶碗にご飯をよそっている。それも丸く……

 慌てて飛び起きて、「『お仏飯』は駄目!」と叫んだ。

 ヒルマモチは少し驚いたようだが、気にすることもなく丸く盛りつける。

 私は溜息を吐いた。駄目だ、コイツ人の話を聞かない奴だ。諦めて顔を洗いに行った。

 洗面を終えると、どういうわけか布団が消えている。まさか、と思い押し入れを開けると、きれいに畳まれた敷布団と掛布団が収まっていた。

 私は感動した。

 「すごい!」押し入れに向かって思わずそう声に出すと、背後でどや顔をしているヒルマモチの気配がする。

 「やるじゃん、早穂」と言って、頭を撫でた。

 早穂は少し驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔でこくこくと何度も頷いた。


 ちゃぶ台に置かれた「お仏飯」を眺めながら、さて、と私は考えた。

 --おかずは何にするべきか

 思いついたので、冷蔵庫から生卵を出し「卵かけご飯」にした。

 --そう言えば、ヒルマモチって神様だよな。お供えって要るのかな?

 私は、卵かけご飯を早穂に勧めてみた。

 昨日の焼鮭のように消えることを想像したが、意外にも早穂は箸を取った。そして苦労しながら食べ始めた。

 私の真似をしているんだ、と、ちょっと胸が熱くなる。

 --お姉さんは今、猛烈に感動しているのよ

 そこで、立ち上がって、別の茶碗に残ったご飯をよそい、新たな卵を割って入れ、スプーンをふたつ持ってちゃぶ台に戻った。

 「こっちの方が食べやすいよ」

 そう言って手本を見せながら食べ始めた。

 「それに一人より二人で食べる方が美味しいし」

 早穂も楽しそうにスプーンを使って食べ始めた。


 「ごちそうさまでした」

 そう言って早穂に向かって手を合わせると、こころなしか早穂がニコニコするような気がした。

 --やっぱり神様だわ ……宝くじ買ってみようかな


 さて、と私は出かける準備をしてバッグを持った。早穂が隣でちょこんと立っている。どうやら付いてくる気らしい。

 その姿、丈の短い小袖の姿を見て、私はふと考え込む。

 --いくら人に見えないとは言ってもなあ……

 TPOいうものがあるだろう、そう思って資料用にと取っておいた雑誌をぱらぱらとめくり、一枚の写真を早穂に見せた。

 「もしかしてだけど…… 着替えられる?」

 驚いたことに、小袖姿の早穂が、白いワンピース姿に変わった。

 「わお!」

 思いつきで言ってみたことが現実になって、私は驚いた。

 ならば、と別のページをめくってみる。

 「この髪型にできる?」

 肩ぐらいの清潔感のある少女らしい髪型を示してみる。

 ところが早穂は少し困った顔をした。そしてなにやら部屋の中をきょろきょろと探し始めた。

 --ん?

 意味が分からず私は戸惑っていたが、あることを思い立ち、引出しからハサミを出してみた。早穂は頷き、自分の髪を示す。

 「無理だって。そんな髪型にはカットできないよ、……自分、不器用ですから」

 どこかで聞いたイントネーションで言ってみるが、早穂にはウケない。うん、言ってるお姉さんもその世代じゃないから当然だよね。

 それより、なおも髪にハサミを入れることを求める。

 そもそも、その髪にハサミを入れられるのだろうか? 昨日も銭湯への行き帰り、多くの人に踏まれていたけれど、まったく実体は感じられなかったぞ。

 そう思ったのだが、よく考えると、頭撫でてるよなあ、私。と気づき、髪にそっと触れてみると…… 普通に触れた。理屈はわからない。しかし、まあ、よく考えれば一緒に寝た仲だし(危ない言い方だが)、そう言うこともあるだろう。

 私は仕方なく恐る恐る、長い髪の先端付近、ひと房の髪にハサミを入れてみた。 

 そのひと房がしゃりっという音と共に、はらりと落ちたかと思うと、早穂の髪が見る間に短くなり、写真のモデルのような髪型になっていく。

 「わお!」

 私はまた、同じように叫んでしまった。凄い! 神様って凄い!

 切った髪だけが手元に残った。

 --神様の髪…… 神髪、カミカミ? いや、シンパツか? ……ゴロ悪いけど、ご利益あるかも

 そう思い、小袋に入れてバッグへ放り込む。

 いや、思い直して大切にバッグのポケットに入れなおした。なんか神聖なもののような気がしてきた、単純だと笑わば笑え。

 なにせ、今日の取材は心霊スポット突入だ。お守りは多い方が良い。


 人から見えないのが心底残念に思える美少女を連れて、私は駅に向かった。

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