異世界随筆

晴竜胆

第1話焔の日のシトン

■剣士の夕餉随筆


ようやく今日の仕事が終わった。

俺は肩に担いだ熱を持たない相棒を足元に突き刺し、その傍に座り込みつつ勝利の証を眺める。

鉄の剣が先程までの戦いの激しさを物語る。


「一段とハードだったな…」


偶然の事だが、相棒の先には俺の巣が…。シトンの街が映った。

遠くからでも石の針山が煙を立ち昇らせ、沈む夕日が刻の知らせを俺の腹に届ける。


「早くメシにするかっ!」


俺の相棒はあるべき場所へ帰り、俺の腹があるべき場所へと歩を誘う。

今日は焔の日だから、きっと美味い肉に有りつける筈だ。

俺は目の前に広がる夕日に、その日の晩餐を見た。


■焔の日の街


シトンの街は俺の帰りを出迎えてくれた。それも残酷な手段で、だ…。

通りには焼ける肉の匂いがあちらこちらから漂い、行き交う人々がその日の成果に祝杯を挙げる。

今日も神は私達に生と死と、幸福と不幸を。何より火の力を与える。

焔の日はいつもこうだ。

帰りが遅くなった時が1番酷い。


「マシューロ!まだ帰りだったのか?」


すれ違う顔馴染みが憎たらしく肉を垂らす。俺が今すぐにその揺蕩う脂の嘆きを一呑みに出来ない事を知って、普段のお返しとばかりに串を揺らす。


「ベッツ……後でな、今すぐギルドにブツ収めるからよ」

「おう、ちゃんとマシューロの分も用意あるから早く行ってこい!」


ベッツはそうは言ったが、俺にはもう我慢の限界だ。

神よ、焔の祝福に感謝する。


ギルドに着く頃には、俺の相棒は2本に増えていた。


■シトンの心臓と肉のタレ


街の中心部に位置するギルドは、シトンの街の正しく心臓だ。

二振の相棒を手に俺はシトンの大静脈を掻き分けて、その歴史を物語る美しき装飾窓を横目に心臓を叩いた。


「おう、マシューロだ。依頼達成の報告宜しく」

「あ………ふふ、はい、承ります?」


ギルドの中では同僚達が既に疎らとなっていた。焔の日にこんな時刻まで仕事の話をしに来る奴が間抜けなのだ。

シトンの心臓は、今は街全体に人々を押し流した後、逆に手続きが早く済むから有難い。


それにしても今日の受付嬢は失礼な奴だ。

俺の顔を見るなり目を丸くして、ここまで遅く仕事にかける計画性の無さを笑っているのか。


「はい、マシューロさん。報酬です」


俺は差し出された受け皿の種銭を握り締め、足早とギルドの扉の外にある待ち人へ向かう。


ギルドを出て直ぐ目に飛び込んだのは、肉の誘惑ではなく、俺の顔を覆う肉のタレが…。欲望が滴っていた。

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異世界随筆 晴竜胆 @Seirindou

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