エランヴェール国物語Ⅰアゲハと軍神
神辺真理子
1-1軍神と奥方代理
「冗談じゃないわ。あの軍神が後任だなんて」
「お母様、これからどうするの」
「タウンハウスに行くのよ」
階下から取り乱した
「何かあったの」
アゲハが侍女のミーアに声を掛けるとミーアが不安そうな表情で答えた。
「ロシェル
「そう」
ベッドで伏せっていたアゲハは起き上がって元結で髪を束ねると、左耳でピジョンブラッドのピアスが揺れた。
アゲハが住むエランヴェール国ラーンジュ領は隣国レジンとの国境にある。
代々この領地は戦争に備えて王族から臣籍に下った者が治めていたが、反乱が起きて以降は国王から信頼の厚い臣下が任命されている。つまり、辺境伯は他の爵位と異なり一代限りであり、親から子へ譲渡はできない。
アゲハの父ロシェル辺境伯が亡くなって2週間。いつ新しい辺境伯が任命され、自分達が追い出されるのかアゲハは怯えていたが、ついにその日が来た。
「アゲハ様、大丈夫ですか」
ミーアが慌ててアゲハの身体を支える。
あまり体調は良くないが、セリーナ達の騒ぎを静めないといけない。
アゲハは着替えると階下で喚いているセリーナに声をかけた。
「養母上タウンハウスに行くと伺いましたが、いつお発ちになるのでしょうか」
アゲハの声にセリーナが振り向く。
「あら、居たの。今日にでも行くわ」
「そうですか。それでしたら、私の部屋以外でしたら調度品もお持ちになってください。何かの役に立つでしょう」
「言われなくてもそうするわ」
セリーナはアゲハの言葉に苛立ちながら答える。
いつものことだ。
元々アゲハはロシェル辺境伯の娘ではない。
隣国のレジンが
ユリを探しに来たレジンの軍人から逃れようとしたユリはアゲハを抱いて、崖から海に身投げした。
アゲハは奇跡的に助かったが、レジンへの密告を問われたセリーナはロシェル辺境伯の恨みを買い、生き残ったアゲハに辛く当たるようになった。
幸い、ロシェル辺境伯やユリと一緒に珠璃国から逃れて来た人間が守ってくれたのでセリーナの口撃と、ナターシャに意地悪される程度の嫌がらせで済んだ。
アゲハはユリと一緒に身投げした時の後遺症で片耳が聞こえない。
さらに、右腰と右大腿部に原因不明の痺れがあり、日々の生活を送るのに精一杯だったので、セリーナやナターシャのことまで気にしていられなかった。
「調度品まで持ち出されたら困るのではありませんか」
ミーアは心配する。
「ハヤテに私が住めるような小屋を作るように依頼して。私はこれから、使用人の今後や、アラン王子の出迎えの準備をしましょう」
「承知いたしました」
アゲハは落ちていた王家からの手紙を拾うと、今後の対策を考え始めた。
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