水滴
アルミニウム合金の自動ドア、しかし、もうその役目を果たせてはいない。穴の空いたガラスに紐が通っており、それを引っ張ることでドアをスライドさせる。
「ここはね、UTAYA。かつて、レンタルビデオショップって呼ばれていたトコ」
くるりとその場で回転し、ハスイに微笑みかける。
「はじめて来たでしょ?」
店内へと足を踏み入れるダンの後ろをハスイはおずおずと着いていく。こんな気味の悪い場所で、どこかご機嫌なダンが不思議でならなかった。
ポチャン、と水滴の音がいやに大きく響いた。反射的にハスイの肩に力が入る。後ろを振り返るが、当然、誰もいない。ダンは何度か訪れているのだろう。特に恐れている様子も、警戒している様子もない。
足元には苔に覆われた岩場が広がっている。顔を上げると、どうやら店全体が氷河に覆われているらしい。等間隔に響く水滴の音に、ハスイは次第に慣れ始めた。
「涼しいでしょ、ここ」
ハスイは頷いた。
空間全体に懐かしいニオイが満ちている。埃っぽいニオイだが、どこか、甘いような温かみも混じっているようにハスイには思えた。外から入り込む光の束が、天井近くまで積み上げられた黒いケースの列を照らす。ケースには数字と謎の記号が刻まれている。
「これ、ぜーんぶ映画。すごくない?」
「ぜんぶって?」
「このケースの中身、全部が映画なんだよ、映画が詰まってるの。ニンゲンたちが、映像を光で映して見せてたんだって。面白くない?」
ダンは少しだけ早口になっていた。
「でも、そんなのVISAで見れるじゃん。私は使ったことないけど……」
「え、あんなホログラムと一緒にしないでよ」
ダンの声が一気に低くなった。溜息交じりというよりも、ため息を使って話しているような、呆れと嫌悪の入り混じった声だ。
「このケースの中に入っているのはね、何年もかけてつくられたものなの。感情とか、記憶とか、そういうのを全部ぶち込んで! ……わかる?」
ハスイは申し訳ないな、と思いながらも首を横に振った。
「……見せた方が早いか」
ダンはキョロキョロとあたりを見渡し、一つの箱を見つけ出した。
「ま、これなら大丈夫かな」
ホコリを払い、コードをつなぎ、ふたりはようやく人類が使用していたテレビと思われるモニターを起動させた。
「映るの? こんな古い箱で」
「まあ見てて!」
慣れた手つきでケースからディスクを取り出し、箱の割れ目のような場所へと差し込む。虹色の輝きをする円盤が箱に飲み込まれていくのをハスイは、まじまじと眺めた。
「昔はね」
ダンはボタンのたくさんついたスティックを器用に扱いながら、話し始めた。
「みんな、コレで映画を観てたんだってさ。って言っても、ハスイは映画が何かわかんないよね。だから、これから見せるわけだけ、どっ」
スティックの一番上にあるなボタンを押すと画面が明るくなった。
「ニンゲンはね、わざわざ部屋を暗くして、ポップコーンとか食べながら映画を見てたんだって。……なんかいいよね」
「ポップ……?」
ハスイの口にした疑問と、ほとんど同時。画面に映像が流れ出した。流れ出した、というよりも箱の中で小人が動き出したようにハスイには写った。
中の人間が、壁を駆け、爆炎を背に宙を舞う姿を見て、思わず声を漏らす。
「な、なにこれ……。これって、実際に起きたこと? 戦争?」
戦争という言葉と無縁そうな笑みを浮かべた男が、爆炎の中、さらに豪快に笑っている。
「そんなわけないじゃん。これはフィクション。必然を偶然に見せる遊びだよ」
「あそ……び?」
「しーっ。上映中はお静かに!」
ハスイはまだまだ聞きたいことが山ほどあったが、言われた通り口を紡ぐことにした。
ダンがフィクションだと言っていた映像は、それでも、本物としか思えなかった。そもそも、記録以外に映像が残される、つくられるだなんて、ハスイは考えたこともなかった。
「わっ……、あっ!」
危なっかしい行動ばかり取る主人公と緊張感のある音にハスイの鼓動は早くなった。ダンもハスイが声を漏らすことを咎めはしなかった。
映画終盤、オープニングシーンで流れた、この作品のテーマソングとも言える音楽が流れた。ハスイはダンの顔を見つめる。ダンは「もう喋っていいよ」と笑いながら言った。
「すごかった! ……言葉もないのに、苦しくなるくらい、伝わってきた」
あぐらをかきながら、ダンは頬杖をつき「クスクス」と喉奥で笑った。
「でしょ?」
「うん、とくに光と音が、その……すごかった。本当に、ニンゲンがつくったものなの?」
ダンは頷いてから、ふと、真剣な表情になった。
「目と耳を支配できなきゃ、いい映画にはなれない」
「……支配?」
すると、映像が不意に止まり、画面がジリジリと明滅し始めた。耳障りな高音とともに、画面が淡い光を放ち始める。
「プロトコル・リカバリ完了。記憶層より再起動」
テレビだとハスイが思っていた筐体の底面から、ローラーがガコンと音を立ててせり出す。錆びついているのか、鈍い金属音を孕みながら、二本の細い金属アームがローラーを両腕で支えるように展開する。胸部から光学レンズのような、しかし、まごうことなき『眼』が現れた。その眼の中に、歪んだ二人の顔が写り込んだ。
「チヴァール、チヴァール、ドコデスカ?」
起動したマシンは抑揚のない音声で繰り返す。
「チヴァール、チヴァール、ドコデスカ?」
それはローラーをけたたましく動かし、UTAYAの外へ飛び出す。
「なにあれ?」
「わかんない! 追いかけよ!」
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終末映写倶楽部 果肉ワークス @kaniku0works
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