火花
地下大体育館へと続く薄暗い廊下に、どこか軽快で、ご機嫌な足音が響く。工具箱を抱え、弾むように駆ける少女の名はダン。猫耳、あるいは、角のように結んだ二つの金髪のお団子が頭の上でリズミカルに揺れている。
「い・そ・げ、い・そ・げっ」
ダンの頭の中は、映画のことで溢れ返っていた。
一刻も早く入りたかった体育館の扉が半開きになっている。ダンは、違和感を覚えた。
中からは古びたプロジェクターの微かな起動音が聞こえる。
「誰か、いる」
普通ならばここで警戒心を抱いて引き返すか、そっと中を覗くのが関の山だろう。しかし、ダンは躊躇いというものをほとんど持ち合わせてはいなかった。
勢いよく扉を開ける。
真っ先に飛び込んできたのは、故障して点くはずのないプロジェクターから伸び出る光の筋。そして、その映写機横に座っている見知らぬ少女の丸まった背中だった。
「まって、やば。直したの? たぎる!」
しゃがみ込んでいた少女が振り返る。紫がかった髪がわずかに揺れた。ダンに一瞬目を合わせてから、少女は沼に足を取られているかのように慌ただしく立ち上がった。
「えっと、いや、それは、その……」
足の置き場をやっと見つけたのか、少女は真っすぐに立ち、控えめな視線でダンを再び見つめた。
「ちょっと壊れてたみたいだったので……」
しかし、合わされた視線はすぐに外され、泳ぎ出す。弁解するように手も小刻みに振っている。
「ねえ、あんたも……」
ダンは少しだけ眉間にシワを寄せながら、けれども、自分の中に沸き上がる期待感で口角が少し上がりつつあることも感じながら、尋ねた。
「あんたも映画好きなの!?」
少女はゆっくりと首を傾げる。
その瞬間、プロジェクターが「バチバチッ」と音を立て、火花が散った。同時に、焦げ臭い煙が立ち上る。
「えっ、直したのに、なんで……」
少女は目を丸くしているが、ダンは驚きもせずに、火花の出た部分を軽く叩く。すると、異音と煙はすぐに収まった。
「え、すごい……」
「知識だけじゃダメなんだよ、コイツを直すためにはね」
ダンは手のひらでポンポンとプロジェクターを叩く、その瞳はどこか優しい。
しかし、その優しい表情は、長く続かなかった。ニヤッと悪だくみをするみたいに笑うと「そだ! ちょっと着いてきて!」と少女の腕を掴んだ。
ディンナム郊外を歩きながら、二人は簡単な自己紹介を済ませた。もっとも、紹介というほどのものではなく「わたし、ダン。そっちは?」「……ハスイ」という1ラリーだけ。それ以外はダンがまくしたてるように色んなことを語ったが、ハスイの耳にはあまり届かなかった。
途中、ダンは足早になり、氷穴から視線をそらした。好奇心旺盛なダンであっても、ここでは警戒を怠らない。氷穴の恐ろしさなど何も知らないであろうハスイが興味を示さないよう、そっけなく「こっちだよ」と先を急ごうとする。
しかし、ハスイは立ち止まり、氷穴をじっと覗き込む。
「ここ……何?」
ハスイは氷穴の奥から何かを感じ取っているようだった。氷穴からは風が吹き出しており、それが微かな音を立てている。誰かの囁きのような、もっというならば呻きのような響きだ。それに呼応するように、ハスイのチョーカーの先についた、結晶型のクリスタルが振動する。
ダンはその振動には気づかないまま、ハスイの腕を引っ張った。しかし、ハスイの視線は氷穴に、あるいは、氷穴のさらに先へと奪われている。
「はあ……」
少し間を置いて、ため息混じりに言う。
「ここに近づくとロクな目に遭わないんだよ? ハスイ……」
ダンは少しだけ俯いた。
「それに……」
ダンは勢いよく両手を、指先を鉤爪のように尖らせた。
「この穴は、腐肉を漁る、ヤッバいバケモンがウヨウヨだから!」
ハスイはその道化じみたダンのふるまいや言動をどこか冷めた目で見つめた。
「……なんか言えよ」
ダンはハスイの肩を軽く小突いた。
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