私の盾の掛け方
硝子野もり
第1話 遭った
俺は人よりも目が良かった。
小学校から高校生になった今のいままで両目どちらも二、〇。つまりサバンナとか海の向こうを除いた日本人的パーフェクト。あの存在は知っているけれど名前は知らない代表格のランドルト環(視力検査で片目隠して見せられるあのCだ)だって、横に並んでる時にカンニング記憶せずとも恐るに足らず。部活以外では極力会いたくないあのおっかない先輩だって廊下の端から教室内の奥にまで視えるから事前に逃走可能だし、席替えクジで教師と近い前の席に当たってしまった時でも「俺別に後ろからじゃ見え辛い人と代わってもいいっすよ」と親切に見せかけたサボりがバレたくない打算だって図れるんだ。お爺ちゃんお婆ちゃんが読めない保険の書類の小賢しい小さな文字も読んであげられるし、斜め前の席のダチが授業中に変な落書きうんこマン描いていても余裕で丸見えだからイジリに事欠かない。俺の人生は両親から貰ったありがたい健康体によって順調に廻っていた。
健康なのは良い。
目が良いのはもっと素晴らしい。
他人からは見えない小さな特技で、良くも悪くも凡な俺の唯一の個性。
――そんな俺の自負心が物理的に粉々になったのは、夏休みがもう終わる八月下旬だった。
教室の扉を引き開けると、九月に入ってもフル稼働する冷房の冷風と担任の先生が俺を手招きをする。素直に気怠い身体を動かして朝のホームルーム前の落ち着かない教室の教壇に並んだ。
「福森、あれから調子はどうだ」
「夏休みラスト潰れた後の授業マジだるいっす」
「そうだよなぁ」
担任が俺の絡み挨拶にマジな苦笑で応える。
「まぁ、ご両親から目とか身体のこと色々聞いてるから、不便があればすぐ言ってくれて良いからな」
「はーい、ありがとうございます」
そう無難に話を切り上げてから俺が座った席は、教室の最前列だ。
教室内の数人から向けられる好奇の視線を背中で受けてムズムズする。これは先生が事前にみんなに説明してくれて事情を知っている上での視線なのか、俺が前に座っている不思議な好奇心によるものなのか。これまで巧妙に最後列の席しか座ったことなかった。だから背後にみんなが居ることが、すごく、違和感。運動部なだけあって上背は割とあるから余計に前に行く機会など俺にとってますます少ない。始まるまでまだ時間がある。俺は自意識過剰な羞恥心に耐えられなくてつい机の上で腕を組んだ中に顔を伏せた。
「あの、大丈夫?」
「んぁ?」
間も無くして、控えめな揺すりに両腕の外壁が壊れた。聞き馴染みのない声に釣られた先は、大人しい勉強が得意な女子。それと同じクラスメイトという薄い印象しか無い相手。月館(ツキダテ)さんだ。
「その、具合悪いのかなって……色々あったって、先生が言ってたから」
一つお団子から垂れる髪留めの桃色のリボンが彼女の気遣いで不安げに揺れている。慣れない相手に俺は反射でこう答えた。
「いや、眠いだけで全然平気。なんかあったらダチに言うし、気にしないで良いよ」
「そっか。ごめんね」
月館さんは少し肩を落として隣の席に腰を下ろした。そうか、位置的に彼女は新たな隣人になるのだ。まだ暑い時期の長袖カーディガンに真面目な黒縁眼鏡。そんないかにも繊細そうな横顔に慌てて俺は制止の手を向けたが、ひり出した言葉はチャイムの音にかき消された。もうとうに教室は細波が引く時の空気で俺も諦めて正面を向く。完全に沈黙が満たす頃に先ほど話をした担任が戻ってきて、教壇にて静かに口火を切る。
「おはようございます。ええと、始業式に軽く話したと思うが、本人も元気に登校してきたから改めて話す」
「福森が交通事故に遭った」
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