境目の季節

いわし。

True Nostalgia


今年の夏、親友のナナが死んだ。


突然の知らせを聞いてからも、涙は一滴も流れなかった。

ナナが本当にいなくなったという事実が、17歳の私のどこにも腑に落ちないのだ。


いなくなる前日まで、ナナはいつも通りだった。いや、そう思い込みたいだけかもしれない。


彼女の机には、「またね」と書かれた手紙だけが残っていたらしい。


世界は同じなのに、ナナだけがいない。

それでも日常は通り過ぎていく。

いつもの朝、いつもの帰り道。



夕焼けが空とアスファルトを橙色に染める帰り道。

私はふと、夏休みに行ったきりの駄菓子屋に立ち寄った。


昼間の熱気が噓のようにひき、長袖シャツの背中にひんやりとした空気がまとわりつく時間だ。


店前の錆びたベンチに腰かけ、棒アイスの包みを開ける。


―夕日がゆっくりと沈んでいく。

肌寒さすら感じ、思わずぶるっと身を震わせ、目を閉じた。


その瞬間、隣から、あの聞き慣れた声が聞こえた。


「さむっ!さっきまであんなに暑かったのに〜〜」


(・・・えっ?)

驚いて目を開き、隣を見る。


アイスを落としそうになった。

だって、ナナが、座っている。


いつもの太陽みたいなオレンジ色の半袖Tシャツを着て、つい昨日も見たような笑顔。


「ねえ、まさか…。私たちの夏もう終わったの!?私、まだアイス食べ足りないんだけど!」


空の隅には、うっすら月が滲んでいる。


私は震える手でアイスを握り直した。


「な、ナナ、あんた......っ!」


喉の奥まで出かかった言葉を、私は必死で飲み込んだ。


聞きたい。なぜここにいるのか、なぜいなくなってしまったのか。


でも、それを聞いてしまったら、目の前のナナが、二度と戻らない場所へ行ってしまう気がした。


とっさに平然を装う。


「…あんたが、そんな薄着だからでしょ」


ナナは私の言葉に、あの独特の鼻にかかった笑い方をした。


「だよねー。私ってバカだね」


そう言って、ナナは少し震える私の肩に、あの時と同じように、ぐいっと頭を寄せた。

彼女の体温が、熱くも冷たくもなく、ただただそこに「ある」ことに、私はひどく安心した。


「ねえ、あの時言ってた『願いが叶う新月』、今日こそ見られるかもよ」


あの時。

私たちが過ごした最後の夏休み。


私たち二人にしかわからない、あの夏の計画だ。


「...ああ。うん、きっと見られるよ、今日こそは」


私はただ、隣にいるナナの温もりを、噛みしめることしかできなかった。


二人がアイスを食べ終わり、沈む太陽がナナのオレンジ色のTシャツを最後に強く照らした瞬間だった。


ナナの姿が、光と空気が混ざるように、ふっと消えた。



一瞬、世界から色が抜け、静寂だけが残った。


「ナナ…?」


視界が歪む。


私の頬に、熱いものが伝った。

涙は、冷たい秋の空気に触れて、すぐに熱を奪われた。


ベンチには、ナナが持っていた棒アイスの包み紙と、溶けたアイスの小さな水たまりだけが残っていた。


水たまりに映る空は、夕焼けの赤から夜の藍色へと変わり、まるで二つの色が、混ざり合えずに争っているようだった。



しばらくして、私は立ち上がった。


夏の終わりと、秋の始まりの境目。

曖昧な時間の中で、夢か現実かはわからない。


でも、幸せな温もりと、それを失った確かな痛みを抱えて、私は一人、また帰り道を歩き始めた。


ナナの残した「またね」の意味を、私は知らないままだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

境目の季節 いわし。 @iwashi0141

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ