31日目 ハロウィン『前夜祭の素晴らしく良き日に』

 ニアはもうどこにもいなかった。蠅の王バアル・ゼブブと、その新たな眷属が共に悪魔崇拝者である村人たちの前に現れた。村人たちは悪魔の言葉も聞かず、一心不乱に悪魔に願い始めた。


「ああ主よ、どうか我々の願いを聞き入れてください! 罪なき我々を苦しめた奴らを地獄へ送ってください!」


 蠅の王は村人たちをぐるりと見渡し、羽根を震わせた。


「ほう? して、その代償は?」

「娘を一人捧げます。それで、どうか」


 蠅の王は大いに笑った。その肩に乗っている眷属も笑った。眷属にとっては、大変滑稽なことであった。


「それはそこで腐っている死体か?」


 蠅の王は、カボチャ畑の真ん中で既に腐りかけている死体を指さした。既に数多の眷属どもが死体に群がり、更なる繁栄を遂げようとしている。先ほどまで確かに息があったはずの娘が腐乱死体となっていることに村人たちはぎょっとして、死体の元へ駆け寄った。


「どうした!? 何故もう腐っている!?」

「肉体など不要ということだ。彼女との契約のほうが面白かったもので、少し遊んでいたのだよ。喜んで悪魔に捧げられる女に手懐けておけばよかったものを」


 蠅の王が羽を震わせると、遠くから大きな羽音が聞こえてきた。世界中のが一斉に村に集まってきている音であった。


「ここにいるすべての醜悪な魂を全員地獄へ連行しろ。それが新たな眷属の望みだ」


 村人たちは巨大な羽音に恐れおののき、家に避難しようとした。逃げ遅れた一人の女を、蠅たちは見逃さなかった。


「きゃああああああ!」


 たちまち全身に蠅がまとわりつき、女はのたうち回った。蠅はのべつ構わず女に襲い掛かり、顔の穴という穴から体内に侵入してその肉を喰らおうとする。蠢く黒い塊になり果てた女を見て村人たちは逃げ惑うが、夜空を覆い尽くした蠅は村人たちに容赦なく襲い掛かった。ひとり、またひとりと真っ黒になった村人たちは地面に倒れ伏し、その上を蠅たちは嬉しそうに飛び回った。


「一体何の騒ぎ!?」

「ああ、外に出てきてはダメ!」


 ハロウィンの宴を楽しんでいた子供たちにも蠅は襲い掛かった。あっという間に真っ黒になった子供たちは気道を蠅で塞がれ、窒息死した。


「死とは、等しく平等に訪れる。何かを殺したら、何かを差し出す。そんなことも忘れた愚かな魂は皆、我ら眷属の大好物だ」


 罵声と悲鳴、断末魔の飛び交う村の真ん中で蠅の王は多くの魂を集めることができた。男に女、子供から老人まで多種多様の魂が揃ったことで蠅の王は気をよくした。やがて村はしんと静まり返り、眷属たちが飛び回る楽園へと姿を変えた。


「なるほど、いい前夜祭だった。最高の夜だな」


 蠅の王は満足そうな顔をした。そして新たな眷属を背中から降ろした。


「さて、そろそろ戻ってきなさい。もう自力で戻れるだろう?」


 すると新たな眷属の羽が一枚破れ、地面に落ちた。それから姿をクモ、黒猫と変えたのちに一匹の大きな眷属となった。新たな眷属は自分から生まれ落ちた別の眷属を見て驚いたようだった。


「ああ怖かった。さすがパパはとっても怖いや」

「怖くなくて悪魔が務まるものか」


 そうして蠅の王ともう一体の眷属は笑った。新たな眷属はもう一体の眷属のことを知っている気がした。しかし、どこで会ったのかさっぱり覚えていなかった。それどころか、もう自分が誰であったのかを新たな眷属は思い出すことができなかった。


「さて、生まれたばかりの眷属についてはお前に任せようと思う。これから私はこのたくさんの魂を地獄へ連れて行かねばならないからな」

「はい、パパ。僕が弟の面倒をしっかり見るよ」

「立派な悪魔にしつけてくれよ」


 そう言って、蠅の王は愚かな魂を携えて姿を消した。後に残された新たな眷属は、これから世話になる眷属を見上げた。同じ蠅の姿をした、とても立派な蠅の王の眷属であった。


「おにいちゃん?」

「そうだよ。さあもうじき寒くなる。万聖節が過ぎたら僕らも少し身を慎まなければならない。温かくなったら、一緒に人間を狩りに行こう」


 人の気配のなくなった村から、蠅の王の眷属どもは出発した。兄は新たに生まれた眷属に飛び方から教えた。新たな眷属はとても上手に飛べた。それは修行の成果だと新たな眷属は思ったが、どこで修行をしたのか定かではなかった。


 それでももうひとりぼっちではないのだということだけが、何故か新たな眷属はとても嬉しかった。それこそが、彼女が本当に願ったことだった。


 ――わたしをあいしてくれる、かぞくがほしいです。


 悪魔は彼女の願いを聞き入れた。だから彼女は悪魔になった。それが当初の「契約」であった。


『31日目:終了』


<了>


***あとがき***


 ここまで『魔女見習いと悪魔の1か月』をお読みくださりありがとうございました! この作品は「ハロウィンノベルパーティー2025」という企画でお題に合わせた小説を書いていくものでしたが、こうしてひとつの作品とすることができました。


 なお、この作品は以下の掌編の前日譚として書かれています。悪魔の眷属たちがこれからどうなったのか、それは以下の掌編でお楽しみください。掌編なのであまり彼らの情報はありませんが、元気でやっているみたいですね。


https://kakuyomu.jp/works/16818792440753458616/episodes/16818792440753464543


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 最後に「ハロウィンノベルパーティー2025」の主催者様、この作品を応援してくださった皆様に御礼を申し上げます。ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう(*´︶`*)ノ"

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魔女見習いと悪魔の1ヶ月 秋犬 @Anoni

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