29日目 trick or treat『地獄か、新たな契約か』
ニアが目を覚ますと、ゼルがウキウキとした表情を浮かべていた。
「今日は何をして遊びましょうか? 世界の拷問器具コレクションなど鑑賞しますか? 私のコレクションの中ですと、西太后の使用した壺あたりが一番高価かと思いますが」
「コレクションはまた今度にするわ。そうね、今はノクスとたくさん遊びたいかしら。せっかくお友達になれたんですもの。だから今日は、猫の玩具がたくさん欲しいわ」
ニアはそう言って、黒猫のノクスを抱き上げた。ノクスはにゃあんと鳴いて、ニアに頬ずりをする。
「それはいいですね! 明日で貴女の魂は私のものですからね。是非最後の時間を有効にお使いください!」
ゼルは悪魔の本性を隠そうとしなくなった。そして虚空からばらばらと猫の喜びそうな玩具をたくさん取り出して見せた。
「ネコジャラシ、爪とぎ、ネコ用お菓子に……やっぱりマタタビが一番ですかね」
ゼルもノクスを抱き上げた。ノクスはゼルの腕の中でにゃあんと大きく鳴いてみせた。
「この黒猫も、貴女のための友達です。大切にしてあげてくださいね」
ノクスはゼルの腕の中からするりと飛び降りると、ニアの元へ向かった。それからまた、にゃあんと鳴いてみせた。
「ああノクス、あなたとお話できたら楽しかったでしょうね」
『僕できるよ、お話』
ニアは驚いた。続けて、ノクスが更に語りかけてきた。
『だってここは君の夢の世界だもの。猫だって喋るさ』
「でも、あなた今までただの猫だとばかり……」
『悪魔はね、契約の存在なの。君が望みさえすればここでは何でも叶うけど、望まないことはできないんだ』
「へ、へえ……」
ニアはノクスを膝の上に乗せた。ノクスはニアに甘えるように体を擦りつける。
『だからさ、結局君がどうしたいかっていうのが一番なのさ。僕はただの猫だからどうこう言えないんだけどさ、友達としてひとつ忠告してあげるよ』
「なあに?」
『君は本当の望みに向き合った方がいい。毎日お菓子を食べて玩具で遊んで、それで気に入らない奴をメッタメタにするのが本当の望みだったのかい?』
「私の本当の、望み……?」
ノクスはニアの膝の上でひとつ、あくびをした。
『そうさ。ゼルは知ってるよ。君の本当の望みを叶えるためにこんな妙ちくりんな世界を作って、そうして君の魂を熟成させているんだ。だって君は悪魔に願ってしまったんだもの、悪魔は叶えることしかできないのさ。僕も昔、悪魔に願ったんだ。そうしたら、悪魔は願いを叶えてくれたよ。へへ、すごいだろう?』
「あなたは、何を願ったの?」
『おっと、そいつは君が本当の望みを思い出したら教えてあげる。ああ、猫って奴はすぐ眠くなっていけないなあ。それじゃ、おやすみ』
そう言うと、ノクスはニアの膝の上ですやすやと眠り込んでしまった。
「猫とのお喋りは楽しかったですか?」
ゼルがそっと、ニアの肩に手をかけた。そして氷のように冷たい手で、ニアの首筋を撫でる。
「ええ、とっても楽しいわ」
「それなら良かったです。その猫の言う通り、この世界は貴女の魂を慰めるだけではなく熟成させるためのものです。以前の空っぽの貴女では、貴女の願いを叶えるのが少し難しそうでしたのでこのように手の込んだ世界を作り出してみました」
ゼルの囁き声が、ニアの耳元に響いた。
「いい感じに貴女の魂も熟成されたようですし、そろそろ本題に入りましょうか。貴女はこれから、どうしたいですか?」
「どうしたい、って?」
ニアの声は震えていた。
「簡単なことです。悪魔と更に契約するには代償が必要です。しかし、この世界を作り続けることに貴重な命というものを貴女は差し出しました。この契約は30日間、つまり明日で期限が切れることになります」
「もし、このまま期限が切れたらどうなるの?」
「悪魔と契約した魂は、みんな地獄行きです。貴女を虐めた悪い魂共々、みんなまとめてお連れ致します」
ゼルは笑いながら言うが、その口調はとても冷たいものだった。
「さあ、残された時間で考えてください。貴女に支払える代償を。
それから、ニアはノクスと遊びながら一生懸命考えた。ノクスの言う「本当の望み」について、そしてゼルの言う「新たな契約と代償」について。新たな契約と代償については知恵の実から得た知識で何となくわかったが、「本当の望み」については一切がわからなかった。
ノクスの口ぶりでは、ゼルはニアの本当の望みを知っているらしい。自分というものがニアはとてつもなく恐ろしく感じられた。時計の音が心臓の鼓動のように感じられた。もう何も考えられない日であった。
『29日目:終了』
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