28日目 血の赤『悪魔ってどんなものかしら』
ニアが目を覚ますと、ゼルがいつもにも増してにやにやと笑っていた。
「さあ、今日は何をして遊びましょうか? 残りの日数は少ないですよ?」
「たまには、貴方のしたい遊びをしましょう。それが私の今日の望みよ」
「私のしたい遊び、ですか?」
ゼルの目が一段と光った。その時、とても生臭い風が吹いた気がした。
「ええ、いつも私の望みばかりでもつまらないわ。遊びには、遊び相手が必要なの。相手の望みを叶えることも、素敵な遊びのひとつだと思わない?」
「その通り。やはり、貴女は魔女になるのに相応しい」
ニアの思惑はただひとつだった。この悪魔の正体を突き止めること。正体さえわかってしまえば、知恵の実から授かった知識を使って少しでも状況をよくすることができるのではと考えた。
「しかし、前にもお話した通り私の考える『遊び』は少々残酷ですよ?」
「あら、私も魔女になるんですもの。悪魔の遊びに付き合わない道理はないわ」
「それでは仰せのままに、遠慮なく」
すると、目の前が暗くなってどこかの地下室のような恐ろしい場所にニアはいた。そこでは仮面を被った執行人たちが、寄ってたかって一人の男をひどく拷問しているところだった。
「これは過去に私が見てきた出来事です。知恵の実を食べた貴女なら、お分かりでしょう?」
「ええ、これは『魔女狩り』の様子ね……」
ニアは顔をしかめた。男は鞭打たれた裸体を椅子に拘束され、口に差し込まれた漏斗からずっと水を飲まされ続けていた。
「その通り。この頃の『魔女狩り』は別に本当の魔女を捕まえるのが目的ではありませんでした。そもそも、人間の考える魔女なんてものはただの堕落した人間です。薬草や医術の知識を蓄えただけの女が、ただ貴女にあげた軟膏を使ってヘラヘラ笑っているだけです。別に我々にとっては、何の得も害もない存在ですね」
水責めにあって苦悶の表情を浮かべている男を、執行人が更に鞭で叩いた。
『言え、カトリーヌが悪魔と密通していたことを隠していたんだろう!』
『知らない、何のことだかわからない……』
『とぼけるな、お前も悪魔と密通していたんだろう!』
鞭が拷問室に鳴り響いた。男の首の皮が破け、赤い血が水責めの水と混ざってだらだらと床に滴り落ちた。執行人たちは動かなくなった男を縛り上げ、拷問室に放置して地下室から消えた。
「それではニア、ここから私の『遊び』です。何、簡単なクイズですよ。彼は本当に悪魔と密通していたと思いますか?」
「そんなの、しているはずがないじゃない。魔女狩りはただ気に入らない人間を密告するだけの虐殺だったのよ」
「果たして、そうでしょうか?」
地下室の扉が開いた。執行人たちが持ってきたのは、真っ赤に焼けた鉄の板であった。それを止血代わりにと男の傷口に強く押し当てる。ニアも耳を塞ぎたくなるほどの絶叫が地下室に響き渡った。
『これでも密通の罪を自白しないか?』
『カトリーヌは……彼女は、どうなった?』
『少し焼けた鉄をくれてやったらな、お前の名前を呼んでいた。だからこうして尋ねているのだ』
男の形相が変わった。憔悴しきった顔に、憎悪がみなぎった。
『もしお前も他に密通した者がいることを知っているなら、正直に言うがいい。そうすればお前の罪は許されて、神に召されることができるであろう』
『神、だって!?』
凄まじい憎悪と腐臭が辺りに満ち溢れた。ニアにはその時、男に『悪魔』が憑りついたのがよく見えた。それから男の背中の肉が弾け飛び、執行人たちに張り付いた。驚く執行人たちが次々と首を斬られて地下室が真っ赤に染まる中で、男は大きな『悪魔』によって存在ごと飲み込まれていった。
「正解は『これから密通する』でしたー! 残念でしたね。他にも楽しいクイズはたくさんありますが、もっと遊びますか?」
部屋はいつもの様子に戻った。地下室も真っ赤に染まる男もいなくなり、そこでは黒猫のノクスが寂しそうな目でニアを見つめるばかりだった。
「いいえ、もう結構……もっと楽しい遊びをしましょう?」
すると、ゼルは小首を傾げた。
「楽しくないんですか? 悪魔の間で流行ってるんですよ。この人間は誑かせるかクイズに、断末魔のコレクションコンテストに、生首の絶叫度合いを自慢し合うものですとかね……?」
ゼルのしたいことをする、と言った手前ニアは拒絶することが出来なかった。
「じゃあ、貴方の自慢のコレクションを少し見せてもらおうかしら……」
そして、ニアは悪魔の正体を見たいなどと思ったことを激しく後悔した。それから一日、ニアはゼルの集めた変顔生首の映像をずっと自慢しつづけられた。ニアはノクスを抱きながら、「これは傑作ですよ、半分だけ吹き飛んでいるものは多いのですがこれはなんと4分の1だけ、きれいに吹き飛んでいます!」と嬉しそうに生首について語るゼルの話を聞き続けた。時計の音が一段と大きく響いた気がした。焦燥感だけが残る日であった。
『28日目:終了』
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