23日目 蜘蛛女『愚かな蜘蛛女にお仕置きね』
ニアが目を覚ますと、ゼルは部屋に戻っていた。そうして、ニアに大きな瓶を見せつけた。
「お約束の魂を捕まえてきました。今日はこれで遊びますか?」
ニアは嬉しそうに頷くと、さっとベッドから降りた。
「わあ、大きな蜘蛛さん!」
瓶の中では真っ黒で巨大な蜘蛛が蠢いていた。魔女の服に着替えたニアは、瓶の中をよく眺めた。
「この蜘蛛、どこで取ってきたの?」
「とある幸せなご家庭で、暖炉の前でうたた寝をしているところを捕まえてきました」
「幸せなご家庭って、この蜘蛛は子供を産んだのかしら?」
「可愛い男の子と女の子がおりました。母蜘蛛にたいそう懐いておりましたので気の毒にと思い、何も考えられないようにしてあげました」
「まあ、貴方って親切なのね」
「親切なのではありません。悪魔とは情が深い存在なのです」
蜘蛛を前に、ニアとゼルはにやにやと話し込んだ。蜘蛛は瓶の中で体の向きを頻繁に変え、ようやく瓶の外にいるニアとゼルに気が付いたようだった。
『ちょっと、私一体どうなっているの!?』
蜘蛛が喋った。それだけでニアは面白くて笑い転げてしまった。
「まあ! ちっぽけな虫けらのくせに、自分が何者か知りたがっているわ!」
瓶の外では、黒猫のノクスが蜘蛛の解放を今か今かと待ち構えている。ゼルは興奮しているノクスを抱き上げ、ニアに告げた。
「その魂は、お好きになさってください。知恵の実を食べた貴女なら、もうお分かりですよね?」
ニアはこくりと頷き、瓶の蓋を開けた。そうして蜘蛛を摘まみ上げると、ニタニタと笑った。
「アンタが私を捨てた、愚か者の頭空っぽ女ね。お似合いの姿じゃない」
そこでニアの母親の魂は、自身が蜘蛛の姿にされていることにようやく気が付いた。
『あ、ああああなたは誰!? 一体何故こんなことに!?』
「さあね。アンタが私を捨てたから、私がここにいるんだよ」
『捨てた!? 私が!? 一体、いつ!?』
母親はニアを捨てた自覚がなさそうだった。ニアはため息をつくと、瓶に水を一杯に入れた。
「蜘蛛って泳げるんだっけ?」
ニアは蜘蛛を瓶の中に戻すと、再び蓋を閉めた。蜘蛛は瓶の中で溺れ、動きを止めたところでニアは蜘蛛を瓶から摘まみ上げた。
「あはは、面白い」
それからしばらく、ニアは蜘蛛を水に浸けて遊んだ。蜘蛛が気を失うたびに足を一本ずつ千切り、全ての足がなくなったところで蜘蛛は一切の動きを止めた。
「まだこれからじゃない」
ニアは裁縫道具から縫い針をたくさん取り出して、蜘蛛に何本も突き立てた。蜘蛛は何度も『ごめんなさい』『許してください』『思い出したわ、あなたのこと』『悪い母親でごめんなさい』など自分勝手なことを述べていたが、そのうち静かになった。
「もうお喋りしないの?」
『ごめんなさい……』
ニアはため息をついた。そして、大きな蜘蛛を両手で持つと最後にこう言った。
「謝るくらいなら最初から生まなきゃよかったんだ、この悪魔が」
ニアは蜘蛛の頭に嚙みついた。そうして蜘蛛の頭を齧り取ると、ぼりぼりと噛み砕いた。頭だけではなく腹も、千切った足も全てニアは食べ尽くした。蜘蛛は初めて食べたが、チョコレートのようで意外と美味しかった。
「ほら、虫が食べられたでしょう?」
「ええ、とっても美味しかったわ」
ニアは晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。
「それで、他に望みはありませんか?」
「あるわ、いっぱい、たくさんある!」
ニアは母親の魂を食べたことで、更に自分が賢くなった気がした。
「今度はあのバカどもよ! 私を放火魔に仕立て上げた、野蛮な狼男たち!」
ニアが軽やかに告げると、ゼルの瞳が更に赤く光った。
「3人ですね、それではまた少々お時間を頂きますが……そろそろ貴女との契約の期限が近づいてきたことを申し上げておきますね」
「期限?」
「ええ。悪魔の力は契約期間内に絶大な力を持ちます。しかし、その後は……ご自分でお考え下さい」
そう言うとゼルは姿を消した。それからニアは黒猫のノクスと留守番をした。
「ねえノクス、契約期間が切れたら、私どうなっちゃうのかな」
ノクスは答えず、ただにゃあんと鳴くだけだった。ニアの中で走り出した復讐心を止めることはできなかったが、全てが終わった時に自分はどうすればいいのだろうとニアは考えた。ゼルは「自分で考えろ」と言っていたが、今のニアには見当もつかなかった。すっきりとはしたが、再び不安になるような日であった。
『23日目:終了』
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