21日目 ホウキで空を飛ぶ『お空は楽しいわ』

 ニアが目を覚ますと、黒猫のノクスが傍らにいた。その黄色い瞳がじっとニアのことを見つめていた。やがてやってきたゼルにノクスの首根っこを摘まみ上げられ、その辺にぽいと放られてしまった。


「今日は何をして遊びましょうか?」

「そうね……強いお酒を飲んでみたいわ。大人の遊び、でしょう?」


 ニアは村の大人たちが酒を飲んでいるのをよく見ていた。酒を飲んだ大人の息はとても臭く、そしてとても乱暴になることもよく知っていた。


「いいですね。それではお酒を用意しましょう」


 ゼルが手を叩くと部屋の中央にテーブルが現れ、その上にいろんな国のアルコールが所狭しと並べられていた。


「バーボン、スコッチ、ワイン、ビール、テキーラ、紹興酒、サケ、何でもございますよ」


 ニアは試しにバーボンを舐めてみた。まだ成長しきっていない女の子のニアには、この琥珀色の液体が美味しいとは到底思えなかった。


「でも貴女は利き酒がしたいのではないでしょう? それならこれを差し上げましょう」


 ゼルの手のひらに、虹色の小さな丸い缶が現れた。


「魔女の修行にぴったりの、『魔女の軟膏』です」

「軟膏?」

「そうです。これを塗ると、なんと空を飛ぶことができます」

「本当!?」

「ええ、もちろん」


 ニアは一瞬喜んだが、ゼルの言葉には腑に落ちないところがあった。


「これとお酒と、どういう関係があるの?」

「まあ、そのうちわかりますよ」


 ゼルは以前ニアが魔女ごっこで使用したほうきを取り出した。


「これに先ほどの『魔女の軟膏』を塗りまして、さあ乗ってみてください」


 軟膏がべったりと塗られた箒の柄にニアは跨った。これで本当に空を飛べるのかしら、強いお酒はどこへ行ってしまったのかしらと不思議がった。


「それほどすぐには効いてきませんけれどもね、効果が始まりましたら箒をしっかり握っていてくださいね。振り落とされてしまいますから」


 ゼルの言葉に、ニアはますます首を傾げた。その途端、下腹部にじんと熱い塊が生まれたような感覚に襲われた。


「やだ、なにこれ、え、へんなの」

「そうら、始まりましたよ。それでは、よい空の旅を」


 みるみるうちにニアの足は床を離れて、身体が宙に浮いたような気分になった。


「いや、へん、へんだよお、あしが、あしがへん!」

「大丈夫、自分自身を信じてください」


 ゼルの声が耳元で聴こえた気がした。


「いや、だって、わたし、とべないもん」

「貴女は魔女です。箒があれば、空を飛べますよ」

「いや、いや、いやよ。おかしくなっちゃう」

「魔女なんですから、どんどんおかしくなってください」


 ニアの下腹部がさらに熱くなった。気が付くと、箒はニアを乗せて部屋の中をぐるぐる飛び回っていた。


「わあ、わたし、そらをとんでる! とべた、とべたわ!」

「ほら、貴女は飛べるのです。どうですか、ご気分は?」

「さいこうよ! ああ、すごい、すごいわ!」


 ニアはいい気分で部屋の中を飛び回った。気が付くと部屋の壁が消えて、虹色の空の中をふわふわと飛んでいた。


「やだ、ゼル、わたしどこにいるのかしら?」

「大丈夫ですよ、貴女はずっと私が見ていますから」

「ほんとう? あなたをしんじていいの?」

「もちろん。だって、貴女は今のところ、私の契約者様ドミナなのですから」

「ああそうだった、そうだったわね!」


 ニアは空の果てまで飛んで行ける心地になった。その気持ちよさに酔いしれていると、ゼルが「これは強い酒より素敵なものだと思いませんか?」とニアに囁いた。ニアは「ええ」と答えて、その身体を箒に委ねた。箒を力強く握りしめ、ニアは極彩色の空を飛び回った。


 それから、しばらくニアは空の旅を楽しんだ。たまにゼルが何かを飲ませてくれた気もした。それらはとても甘く、ニアの身体は更に熱くなった。虹色の夢を見ながら悪魔っていいものね、私も魔女ではなく悪魔になってみたいとニアは思い、笑い声をあげた。魔女はこんな風に笑うのかしら、悪魔はどんな風に笑うのかしらとニアは愉快な気分になった。


 軟膏の効果が切れてもニアの身体はふわふわと浮いているようで、ベッドに入っても空を飛んでいる気分だった。とても充実した日であった。


『21日目:終了』

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