17日目 狼男『誘惑してみたいの』
ニアが目を覚ますと、ゼルは平然と椅子に座っていた。膝の上では黒猫のノクスが気持ちよさそうに眠っていた。ニアはゼルが見守る中、ひとりで魔女の装束を身に着けた。
「今日は何を望みますか?」
「私、大人になりたい」
「大人、ですか?」
「うん、とっても綺麗な女の人」
すると、ゼルはにっこりと微笑んだ。膝の上のノクスを摘まんで放り捨てると、ゼルは立ち上がってニアに歩み寄った。
「ここは貴女の思い通りになる世界ですので、貴女に関することでしたら大抵のことは思い通りですよ」
ゼルはニアのこめかみにそっと両手の指を添えた。
「さあ、願ってください。貴女がなりたい、貴女のあるべき姿を」
「とっても綺麗な女の人。誰もが振り返る、美しい人」
ニアは見る間に大人になっていく。子供の身体が次第に丸みを帯びて、大人の女の身体になった。豊かなブロンドの髪が背中を流れ、悩ましいくびれが男の視線を誘う。真っ赤な唇で、ニアはゼルに迫った。
「ねえ、私キレイだと思う?」
「美しいと思いますよ」
「抱きたいと思う?」
大人になったニアは、ゼルに縋り付く。
「貴女が望むなら、そのように取り計らいますが」
「そうじゃなくて、貴方が私を欲しいかって聞いているの」
「私は悪魔ですから、そういうのは間に合っていますよ。何なら殿方相手には女性になりますから」
途端に、ニアは寂しい気分になった。大人になって男の人を誘惑したいという望みはここで果ててしまった。
「でも、魔女としては合格です。それにしても、私を堕とそうだなんて悪い子ですね」
「だって、私魔女になるんでしょう? だから悪い子になるの」
大人のニアは、子供らしい口調で唇をとがらせた。
「悪い子、私大好きです。それこそ、食べてしまいたいくらいに」
ゼルの目がギラギラと輝いたように見えた。
「だから悪い子にはお仕置きをしないといけませんね」
ゼルが手を叩くと、ノクスの身体が大きく歪んだ。その姿は半人半獣の狼男となり、ニアの前に立ちはだかった。
「え、ノクス、ちょっと……」
ニアが何かを言うより早く、ノクスはニアに襲い掛かった。ニアは痛みを覚悟したが、ノクスは見かけに反してニアを優しく包み込んだ。今までニアを使ったどの男たちより、ノクスはニアにとても優しかった。
「別に、愛なんていらないですよね。別にノクスは貴女を愛しているわけではないですが、優しくすることはできます。愛なんてまやかしは、信じないことです」
「愛は、まやかし……」
「そうです。それこそ人間を堕落させる一番の汚い概念ですよ、愛なんていうものは」
ゼルはニアにそう吐き捨てた。ニアはゼルの言葉をそうかもしれないと受け入れた。
それから、その日はずっとニアはノクスと戯れていた。狼男になったノクスは力強く、とても優しかった。それは今までの遊びの中で一番刺激的で、楽しい遊びであった。ニアは愛よりも大事なものがある、とゼルの言葉でしっかりと感じることができた。そして、今まで自分を虐げてきたものたちへの気持ちも再確認した。体だけでなく、心も少し大人になったと思える日であった。
『17日目:終了』
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