14日目 ガイコツ『骨の姿で苦しんでるの』

 ニアが目を覚ますと、マックスの姿は消えていた。一晩だけという約束であったことを思い出し、ニアはふうとため息をついた。


「今日は何を望みますか?」


 ゼルが変わらぬ調子で声をかけてきた。


「マックスにまた会いたいよ」

「残念ですが、一晩だけという契約ですので次回マックスに会うためには貴女が直接マックスのところに行く必要があります」

「マックスはどこにいるの?」

「煉獄で他の犬と裁きの日を待っているそうです」

「裁きの日?」


 今度はゼルがふうとため息をついた。


「これはいつになるかまだ未定なのですが、いつか死者も生者も再び蘇って裁きのやり直しが行われるのです。知りませんか?」

「ううん。サバキ、って何?」


 ニアが小首を傾げると、ゼルの赤い目が更に光った気がした。その途端、黒猫のノクスがニアににゃあと飛びついてきた。ゼルはすぐにノクスをニアから引きはがし、壁に向かって放り投げた。ノクスはさっと身をひるがえして、じっとゼルを見つめた。


「ダメだ、まだ早いぞ」


 ゼルはノクスにそう囁いた。二人だけの秘密があるのだとわかったニアは、少し悲しくなった。


「ねえ、私、何か変なことを言ったかしら」

「いいや。貴女はとても素晴らしいことを仰いました。この黒猫はあまりの素晴らしさに感動したようですね。それよりも、直接会えませんが煉獄の様子を知りたくありませんか? この鏡で映し出してみましょうか」


 ゼルはさっと虚空から大きな鏡を取り出した。そこにはニアの顔がぽつんと映っていた。


「えっと、マックスを見れるの?」

「あの犬が見つかるかわかりませんが、煉獄とはこんなところ、ということです。でも面白いものではないですよ」


 ゼルは鏡をあちこち動かしながら、煉獄を映し出そうとした。すると鏡の表面が波打ち、ニアではない顔が浮かび上がった。


「わあ!」


 ニアは驚いて尻もちをついてしまった。そこに浮かび上がっていたのは絶叫する人の恐怖に歪んだ顔であった。


『た・す・け・て・く・れ』


 今にも飛び出してきそうな亡者の魂はニアに手を伸ばしてきた。炎に焼かれている亡者は瞬時に骨になるが、再び肉が与えられては燃え尽きるということを繰り返しているようだった。何度も何度も燃やされる苦痛がニアの目に焼き付いた。


「おっと失礼、これは地獄だった。貴女のマックスはこんな酷い場所にはいないから安心してください」


 そう言ってゼルは鏡を叩いた。すると地獄の業火は消え、代わりに荒れ果てた野原が映し出された。そこに大勢の魂が集まり、うろうろと空を見上げているばかりだった。たまに跪いて祈りを捧げるものがいる他は、特に代わり映えのしない景色が続いていた。


「罪の軽い者や天国に行くまでの徳がない者、または動物霊なんかが煉獄をうろうろしているのだが……何か気に障ることがあったでしょうか?」


 ニアは煉獄の様子を眺めた後、そっとゼルに呟いた。


「さっきの地獄の様子をもっと見たいわ」

「そういうことでしたら、お安い御用です」


 それからニアは、ゼルの案内で地獄の隅々を鏡で見せてもらった。大変恐ろしい場所であったが、どんな遊びよりも慰めになるような素晴らしいものがあるとニアは感じた。永遠に骨になることを繰り返すあの魂は一体どんな悪いことをしたのかしら。骨になるってどういう気分かしら。惨めなのかしら、とても熱くて痛いのかしら。でも、そんな悪いことをやったから仕方ないのよね。ゼルに細部を解説してもらい、ニアはその日を過ごした。


 寝る前にノクスと人形のフランと綿菓子を食べて、ニアは床についた。甘くてふわふわしたいい気分。でも心の奥底に地獄の業火のような熱いものが眠っていることにニアは気が付いた。しかしそれが何なのか、まだニアにはわからなかった。何かが始まりそうな、そんな日であった。


『14日目:終了』

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