11日目 パンプキンパイ『幸運な人は誰?』

 ニアが目を覚ますと、ゼルが何かを食べているようだった。ニアはよく見ようと起き上がったが、ニアに気が付いたゼルはさっと立ち上がった。その手には何も見当たらなかった。ニアはそのことに触れないようにした。


「今日は何をして遊びましょうか?」


 ゼルがニアの髪にリボンを飾りながら尋ねた。ニアは何故、自分がここにいるのかをよく思い出せないでいた。ゼルは「契約をしたから」と言うが、いつどこでこんな悪魔と契約をしたのか、ニアには心当たりがなかった。


「今日はもっと遊びを知りたいわ」

「遊びを知りたい、ですか?」

「うん、私、遊んだことなかったから遊びの種類を知らないの。ゼルのしたい遊びをしてみたいわ」


 ニアは少しだけ本心を隠した。本当はゼルのことがもっと知りたかった。しかし、悪魔に直接「あなたはどんな人」と尋ねるのは怖かったし、契約を結んでいることを忘れているのを知られたくなかった。


「そうですね……私が遊びと言えば思い浮かぶものは少々過激ですので、貴女に相応しくないものが多いですね」


 一体ゼルが何を想像しているのか、ニアはそれを考えて少し震えあがった。それからゼルは手をひとつ叩いて、明るい声を出した。


「では、楽しいおまじないでもしてみましょうか」

「おまじない?」

「はい、大勢の人々と一緒に行う楽しい遊びです」


 ゼルは再び部屋の真ん中にキッチンを出した。小麦粉や卵、砂糖の他に大きなカボチャがあった。


「またパンプキンケーキを作るの?」

「いいえ、今回はゲームに使うお菓子を作ります」


 ニアはゼルの指示で再びカボチャを切り抜いた。その間にゼルは大きなパイ皿にパイ生地を並べていた。


「まあ、パンプキンパイね」

「はい、ただのパイではないですよ」


 ゼルはパイ生地の上に、金貨を一枚落とした。その上からニアの潰したカボチャペーストをたっぷり流し込み、またパイ生地で蓋をしてパイ皿をぐるぐると回した。


「これで金貨はどこに入っているかわかりませんね」


 それからパンプキンパイをオーブンで焼き上げた。いい匂いにつられて黒猫のノクスが寄ってきた。


「フランも仲間に加わりますか?」


 ゼルは焼きあがったパイを持って現れた。そしてテーブルについているニア、ノクス、人形のフランにそれぞれ尋ねた。


「パイのどの部分を食べますか? 切って差し上げますよ」


 ゼルは真っ先にニアの前にパイ皿を置いた。


「えっと、じゃあ……ここから、ここ」


 ニアは遠慮気味にパイのほんの少しの部分を指さした。


「まあ、そうおっしゃらず。このくらい召し上がってください」


 ゼルはニアの指定した部分より多くのパイを切り出した。それからノクス、フランにも同様に切り分けた。


「さあ、温かいうちに召し上がってください」


 ノクスはパイにかぶりついた。フランはパイを食べられないので、食べるふりだけをしていた。ニアがパイを口に含むと、かちりと固いものが歯に触れた。


「これ、パイに入れた金貨よ」

「それは幸運の金貨だよ。大切にとっておきなさい」


 ゼルはニアの手に金貨をそっと握らせた。まだ温かい金貨と異様に冷たいゼルの手が重なった。ニアは金貨をじっと眺めた。これが本当に幸運の金貨なのかしら、私はこのまま幸運になっていいのかしら。途端に金貨が恐ろしいものに思えたが、ゼルの目の前で捨てるわけにもいかなかった。ニアはそっと金貨をポケットに忍ばせ、残りのパンプキンパイを平らげた。


 それから後はフランとままごとの続きをした。ベッドに入って寝る前に金貨をそっと取り出して、ニアは眺めた。そして、自分にとって幸運とは一体何なのかを考え始めた。しかし、ニアは幸運が何か知らなかったので考えるだけ無駄であった。これからが少し不安になる日であった。


『11日目:終了』

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