第5話 - 路地裏の孤児

暗い画面。かすかな超音波の心音が響く。


医者(微笑み、エコー写真を掲げながら):

「おめでとうございます。元気な赤ちゃんです…女の子ですよ。」


若い夫婦(レンジの両親)は喜びに顔を輝かせる。母親は涙を浮かべながらお腹に手を当て、父親はその手を強く握る。


父親(満面の笑みで):

「娘だ…俺たちの小さな天使だ。」


母親(小さな声でささやくように):

「この子は私たちのすべてになる…」


時が流れる ― 分娩室。母親の叫び声。医者たちが走り回る。新生児の泣き声が響く。


医者(突然顔を強張らせ、困惑して):

「……男の子です。」


◇ ◇ ◇



両親は固まる。喜びが一瞬で消え去り、表情が暗くなる。母親は赤ん坊に手を伸ばそうともしない。父親は強く歯を食いしばり、沈黙する。看護師が泣いている赤ん坊 ― レンジ ― を彼らのそばに置く。誰も笑わない。


父親(冷たく、苦々しく):

「女の子だって言っただろう。」


医者(ためらいながら):

「検査では確かにそう見えたのですが…ですが、この子は…何か普通じゃない感じがします。」


看護師は赤ん坊の腕にうっすらと浮かぶ黒い紋様に気づく。まるで呪いが刻まれたように。両親は grim な、嫌悪の混じった視線を交わす。


俺は、望まれなかった。


祈られた存在じゃなかった。


その瞬間から、俺はこの家に属さなかった。


名前はレンジとつけられたが、そこに温かさはなかった。父の手は優しくなく、重く、乱暴だった。小さなミスも、息をするだけで彼の怒りを買った。

「お前は女の子であるべきだった」そう呟きながら、時に拳で殴った。


でも俺は泣かなかった。泣けなかったのかもしれない。胸に宿る呪いが涙さえ封じ込めていたのかもしれない。


やがて、両親は偽りをやめた。俺を道端に捨てたのだ。ゴミのように。別れの言葉も、罪悪感もなく。


「父さん…母さん…俺は…どこへ行けばいいんだ?」


母親(冷たく、振り返らず):

「お前なら生きられる。その呪いは、この家にはいらない。」


車が走り去る。その直後、交差点でトラックが突っ込み激しい衝突。金属の潰れる音、炎、悲鳴。群衆が集まる。


「救急車を呼べ!」

「神様…もう助からない…」

「写真だ!早く!」


俺はただ立ち尽くした。雨に打たれながら、無表情で。雷光に照らされ、腕の呪印が淡く脈打つ。


その夜、神社の鳥居の下で、俺は“彼”に出会った。


白い肌、無垢な瞳。泥に触れぬ白い浴衣を纏った少年。俺と同じくらいの歳。雨が降っていたのに、一滴も彼の体を濡らさなかった。


彼はまるで待っていたかのように微笑んだ。


イツキ:「泣かないんだね。」


驚くべきなのに、逃げるべきなのに、俺はただ見つめ返した。


「…お前、普通じゃないだろ?」


イツキ(さらに明るく笑って):「俺はイツキ。君と一緒にいるよ。」


「…お前、死んでるみたいだな。」


首を傾げて、彼は答えた。

イツキ:「だって、本当に死んでるから。」


俺は怯まなかった。ただニヤリと笑った。

「いいじゃねえか。幽霊が仲間か。もうこれ以上悪くはならねぇな。」


その日から、イツキは影のように俺に寄り添った。哀れんでいたのか、気に入ったのか、知らない。だが俺には関係なかった。飢え、疲れ、壊れすぎて、拒む力さえ残っていなかった。


いつしか…彼は俺の初めての“友達”になった。


路上で生きるのは、生きることじゃなかった。

ただの“生き残り”だった。


屋台から食い物を盗み、二回りも大きな不良と殴り合い、ネズミしか寄り添わない路地裏で眠った。


殴られすぎて何日も動けないこともあった。

このまま死ぬんだろうと思う夜もあった。


そして、あの日。


奴らが俺たちを囲んだ。俺とイツキを。刃物を手にしたゴロツキどもが笑いながら、腐った笑みを浮かべて。イツキは俺の背にしがみつき、震えていた。


その瞬間、俺の中で何かが弾けた。


両腕が焼けるように熱くなる。肉が裂け、骨が軋む。


銀が迸る。前腕がねじれ、長い刃へと変わっていく。月明かりに鋭く光る。


奴らは笑っていた。次の瞬間、悲鳴を上げた。


俺は紙を裂くように奴らを切り刻んだ。血が石畳を真紅に染める。俺は息を荒げながら水溜りに映った自分を見た。刃の腕を持つ化け物の姿を。


沈黙を破ったのは、イツキの声だった。小さく…だが確かな声。


イツキ:「やっぱり…呪いは残ってるんだね。」


俺は血を滴らせながらニヤリと笑った。

「…そうみたいだな。でも、便利じゃねぇか。」


イツキ:「俺がいつか解いてみせる。いや…一緒に解こう。」


そして――彼は笑った。恐怖も、悲しみもなく。ただ笑った。


俺も笑ってしまった。血の海の真ん中で、二人の馬鹿が、呪われた者と死者が、笑い声を上げた。


その夜、俺たちは誓ったんだ。

どんなに醜い世界でも、一緒に生き残る。笑って生きてやる、と。


やがて俺たちは居場所を見つけた。汚く壊れたアパート。カビの臭いが漂い、誰も欲しがらない部屋。だが、それは俺たちのものだった。


大家は俺をじろじろと見て、顔を計算高く歪めた。やがてにやりと笑う。


大家:「こんな綺麗な顔してるんだもんね…家賃ちょっと安くしてあげるよ。」


背後でイツキが鼻で笑った。俺は肩をすくめ、虚勢を張るように笑ってみせた。


大したものじゃない。ただの四つの壁と雨漏りする天井。

だが、そこは初めて“家”と呼べる場所だった。


現在。


幽霊市は決して眠らない。だが今夜、クロガミは「仕事」へ出かけた。狐の仮面は霧の中へ消えていった。


残されたのは、俺とイツキ、そしてモモ。


歩き続け、俺たちはそこへ辿り着いた。幽霊の温泉。蒸気が pale な腕のように立ち昇り、岩肌を包み込む。頭上に提灯が揺れ、湯面に影を落とす。


そして、俺は彼女を見た。


蒸気の中に座る少女。浅黒い肌が炎のように輝き、長い黒髪が肩に張り付いて胸元をわずかに隠している。水面から立ち上がる湯気が腰や背を撫でていた。


俺は息を呑み、慌ててイツキの目を手で塞いだ。


イツキ(くぐもった声で):「な、なに!? なにしてるの!?」


俺(汗をかきながらニヤリと):「…風呂だよ。めちゃくちゃいい風呂だ。」


モモは呆れたように目を転がすが、俺は視線を逸らせなかった。


温泉にいた少女は動かない。赤面することも、身を隠すこともなく。


そして次の瞬間、彼女は消えた。


冷たい吐息が首筋にかかる。鋼の刃が喉に押し当てられる。


俺は硬直した。まだイツキの目を覆ったまま。


背後から、低く危険な声。


謎の少女:「…お前は誰?」


濡れた体。滴る水。喉元に突きつけられた短剣。


その瞬間、俺は悟った。

幽霊市はまた一人――美に隠れた怪物を俺たちに与えたのだ、と。


第5話 終わり

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