第3話 - 呪われし屋台

オークションの混乱は過ぎ去ったが、囁きは未だに蚊のようにまとわりついていた。

空気は灰と鉄の味を帯び、見えない視線で重く押し潰される。

頭上には無数の灯籠が浮かび、その中には揺らめく魂が閉じ込められ、終わりなき蛇のように曲がりくねる通りを照らしていた。


両脇には屋台が並んでいた――骨で組まれた骨組みに腐りかけた布が垂れ下がり、幽光にぼんやりと輝く品々が陳列されている。


イツキは俺にぴったり寄り添い、その手を命綱のように強く握っていた。


俺は見下ろして、口元を歪めた。


「なあイツキ、まさか俺たちの初デートが“呪われたフリーマーケットでの手つなぎデート”になるとは思わなかったな。」


イツキは真っ赤になって睨み上げた。


「べ、別に好きでやってるわけじゃない! ただ…ただ瓶に詰められて持っていかれたくないだけだ!」


俺はくすっと笑った。


「ふーん。ま、強く握りすぎるなよ。俺の手は高価なんだからな。」


イツキはぷいっと顔を背けたが、手は離さなかった。



次の屋台では、歪んだ笑みを浮かべた幽霊がまるで怪しいセールスマンのようにがなり立てていた。

「目玉だよ! 新鮮な目玉! 自分の目と交換すりゃ未来が見える! ただし返品不可だ、気に入らなくてもな!」


俺は片眉を上げた。

「そそるな。けど俺の目は気に入ってるんだよな。自分のイケメンっぷりを堪能できるから。」


イツキは慌てて俺の腕を引っ張り、幽霊の触手が伸びる前にその場を離れた。



次の屋台はさらに酷かった。

シルクハットをかぶった膨れ上がった亡霊が、血で満たされた桶や瓶の前に立っていた。

液体はどろりと腐敗し、時に泡立ち、時に凝固している。


奴は一本の瓶を持ち上げ、ワインのようにくるくる回した。

「特売だぜ! 神父の血、処女の血、生理の血――二本買えば三本目は無料だ!」


鼻を突く臭気が壁のように襲いかかる。


イツキは口を覆って吐き気を堪えた。

「れ、レンジ…! 俺この場所、本気で嫌い!」


俺は笑ってごまかしつつ、必死で吐き気を抑えた。

「…まあな。ワインのテイスティングには向いてないな。」



角を曲がると、酒場の前に酔っ払いのようにふらつく三体の幽霊が屯していた。

頭が不自然に大きく、首にぶら下がって揺れている。


一体がろれつの回らない声で言った。

「ひっく…あの路地に行くなよ…スープが呪われてる。」


別の一体が首を振った。

「スープは平気だ、馬鹿め。呪われてんのはスプーンの方だ。」


三体目が俺ににじり寄り、腐臭を吐き出した。唇が裂け、黒くぬめった舌がだらりと垂れる。

「なあ…俺の舌、買わないか? まだ温かいぜ。焼けば旨いんだ…」


イツキはすぐに俺の背に隠れ、震え声を上げた。

「れ、レンジ! 気持ち悪い!」


俺は鼻で笑って手を振った。

「…おいおい、さすがにこれは予想外だな。幽霊変態かよ。」


三体は地面に転がり、狂ったようにケタケタ笑った。



さらに進むと、黒いシルクで覆われた屋台があった。

そこにはベールをかけた幽霊の女がいて、声は壊れたガラスに蜂蜜を垂らすように甘美だった。


「美しい坊や…片方の玉を売ってくれない? 千のお守りと交換してあげる。」


俺は凍りつき、即座に股間を両手で覆った。

「…はあ!? ふざけんな! これは限定版なんだよ!!」


イツキの顔は真っ赤に染まった。

「れ、レンジ! 大声で言うなってば!」


俺はニヤリとし、イツキに耳打ちした。

「どうした? 嫉妬してんのか? お前は声かけられなかったから?」


イツキは爆発しそうになり、俺の腕を強く叩いた。


女の幽霊の笑みは消え、ベールをバサリと閉じた。

「気をつけなさい。マーケットは聞いている。」


冷たい波紋が空気に走り、俺たちは慌ててその場を離れた。



行き止まりの一角に、彼女はいた。

小さな少女の幽霊が、膝を抱えて座り込み、弱々しく揺らめく灯籠の隣にいた。


他の者たちのように売りもしない、呼びもしない。ただ、動かない。


俺はしゃがみこんで優しく声をかけた。

「なあ、坊や。どうした?」


少女は顔を上げた。空洞の瞳、風のように儚い声。

「待ってるの…お兄ちゃんを。お菓子を持って戻るって約束したから…」


イツキの手が震え、俺の手を強く握る。

「レンジ…」


俺はそっと彼女の煙のような髪を撫でた。笑みはいつもの鋭さを失っていた。

「だったらもう少し待て。兄貴ってのは頑固だからな。必ず帰ってくるさ。」


少女はかすかに笑い、そして煙となって消え、灯籠だけが残った。



通りはさらに狭くなり、囁きは重くなった。まるでマーケットそのものが耳を傾けているかのように。


そして――闇から現れた。


クロガミ。腕を組み、狐の仮面が妖しく光っていた。


「観光は楽しめたか?」


俺は即座に股間を覆った。

「ノー。」


イツキは顔を両手で覆って絶望した。


クロガミの声は冷たかった。

「今は笑っていられるだろう。だがマーケットはお前を試している。すべての屋台、すべての誘いが…お前の弱さを学んでいる。」


イツキは震え、俺の袖を掴んだ。

「れ、レンジ…帰ろうよ…」


俺は彼の頭を軽くぽんと叩いた。

「帰るわけねえだろ。ウィンドウショッピングは始まったばかりだ。」


だが――空気が変わった。


頭上の灯籠が一斉にこちらを向いた。

数十、数百。炎の中に顔が浮かび、俺の名を完全な調和で囁いた。


そしてその沈黙の中、ひとりの影が現れた。


少女。だが溺死者のように蒼白で美しい。

肌は淡く青く光り、髪は濡れた絹のように滴り落ちている。

大きなパーカーの下にはビキニだけを纏い、白磁のように透ける脚をさらしていた。


その瞳が俺を射抜いた。空っぽで、ただ探すように。


彼女は売るために立っているのではなかった。


狩るために来たのだ。


[エピソード3 終]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る