第2話 - 鎖と呪い

鎖が空を切り裂き、獲物を狩る蛇のように走った。


競売人の声が広場に轟く。


「新参者を捕えろ! その魂は王の身代金に値する!」


俺は身を翻し、黒い石畳を滑りながら避けた。一本の鎖が頬をかすめ、赤い細い線を刻みつけ、幽光に淡く光った。

俺は苦痛に顔を歪め、すぐに笑みを浮かべた。

「いってぇ……おい! 俺の顔に傷をつけるなよ! 稼ぎ頭に手を出すんじゃねぇ!」


幽霊たちは古びた鐘のようにひび割れた声で笑った。


樹は欄干を掴み、蒼ざめた顔で叫ぶ。


「蓮司! ふざけてる場合じゃない! 殺されるぞ!」


俺はもう一撃をかいくぐり、息を切らしながら言った。

「分かってるさ。だから冗談言ってんだ。叫ぶよりマシだろ?」


亡者の商人が骨の剣を掲げた。黒炎が滴り落ちる。


「入札だ! この刃を、その肉体と引き換えに!」


鎖が一斉に襲いかかる。一本が俺の手首を絡め取り、強く締め上げた。掌の護符が脈打ち、熱が広がる。


――そして、それは起こった。


血管が黒く燃え、肌が裂け、光が溢れ出した。肘から下、肉は完全に消え、腕と手が巨大な剣へと変貌した。漆黒の大剣、滑らかにして鋭く、まるで生きた鋼。皮膚は一切なく、ただ光を喰らう刃のみ。


俺はそれを見下ろし、眉をひそめた。


「……はは。あの呪いは、もう砕いたはずだったんだがな。」


樹の声が震える。

「蓮司……砕いたんじゃない。埋めただけだ。」


俺は刃の腕を軽く振り、金属音を響かせて不敵に笑った。

「なるほどな。ちょっと風に当てたら目を覚ましたってわけか。」


俺が腕を振り下ろすと、手首を縛っていた鎖は紙のように裂け飛んだ。


市場にどよめきが走る。


「孤児が……刃の呪いを宿している! 刃生まれだ!」 伝令の女が叫んだ。


競売人が絶叫し、四方八方から鎖を解き放った。


だが俺は疾風のように動いた。


片足を軸に回転し、三本の鎖を一閃で断つ。そのまま地面に刃を突き立て、支点にして宙へと舞い上がる。空中で身をひねり、飛来する鎖の群れを一刀両断。返す脚で灯籠の柱を砕き、破片を別の鎖に叩きつけ、両腕を交差させ十字の斬撃で四本の鎖を同時に断った。


武術が刃へと昇華した戦舞――速く、流麗で、苛烈。止められる者はいない。


樹は目を見開き、呆然とつぶやいた。

「……ゴ、ゴーストの鎖を切ってる……?」


俺は斬りながら grin を浮かべる。


「どうやら俺の方が幽霊より怖ぇらしいな?」


だが一本の鎖が足首に絡み、俺は石畳へと叩きつけられた。粉塵が爆ぜる。


競売人が咆哮する。

「どれだけ抗おうと無駄だ! お前の身体は市場の所有物だ!」

俺は血を吐き、唇を拭った。その顔に再び笑みが戻る。

「悪いな。安売りはしないんでな。」


両腕の刃を叩きつけ、鎖を真っ二つに裂いた。


その時、冷酷な声が響いた。

「もうやめろ。商売の邪魔だ。」


市場全体が凍りついた。


屋台の影から一人の男が現れた。絹の衣は破れ、顔は陶製の狐面に隠されている。手には赤く光る数珠。霊たちは即座に後ずさった。


「彼を解放しろ。さもなくば……俺が入札する。」


競売人が唸る。

「何を差し出すつもりだ、異邦者?」


男は静かに答えた。

「虐殺を。」


数珠を弾くと、鎖の半分が乾いた枝のように折れた。


俺は刃を下ろし、目を瞬かせる。

「……ちょっと待て、それ俺よりカッコよくね?」


「蓮司! 黙って感謝しろよ!」 樹が叫んだ。


「今言おうとしてたとこだって!」


市場は悲鳴と混乱に包まれた。競売人は怒り狂い、残る鎖すべてを解き放った。


「なあ仮面さん! 計画は?!」 俺は叫ぶ。


「生き残れ。」


赤い炎が爆ぜ、市場の広場を焼き裂いた。


俺は炎の中を駆け抜け、刃の腕で鎖を次々と切り裂いた。後ろ回し蹴りと斬撃を重ね、宙返りの末に両腕を交差させ、十数本の鎖を一度に断ち切った。


競売人の身体は悲鳴と共に煙となり、崩れ落ちた。

「逃げられはしない! 市場の借りは刻まれた!」


俺は刃を振り払い、血のような光を滴らせながら言った。

「ああ? 請求書なら後で送ってくれ。」


仮面の男が俺の腕を掴む。

「急げ。市場の顎が閉じる前に。」


俺たちは隠し通路へと滑り込んだ。刃の腕はやがて肉へと戻り、深い傷痕だけが残った。


俺は息を吐く。


「……正気じゃなかったな。で、あんた何者だ?」


男は首を傾げた。

「黒神と呼べ。」


「黒神、か。ま、俺の麗しい命を救ってくれてありがとよ。」


樹が肩を叩く。


「お前、自分褒めながらお礼言うな!」


俺はにやりと笑った。

「俺 multitask 得意なんだよ。」


樹は袖を掴み、震える声でつぶやいた。

「蓮司……その呪い、本当に消えたって言ってたのに……。」


俺はわずかに笑みを残し、息を吐く。

「消してなんかねぇさ。俺のもんだ。心配すんな、子供。」


黒神の低い声が沈黙を裂いた。


「市場で呪いを晒した。あの印は決して消えない。」


俺の笑みが一瞬だけ揺らぐ。

「つまり……俺、もう連中の的ってことか?」


黒神の仮面の奥から視線が突き刺さる。

「的どころじゃない。お前は盤上に乗った。今この瞬間から――市場に潜むすべての亡霊が、お前を狩る。」


背後で、ささやき声が渦を巻き、俺の名を呼び始めた。


狩りは始まったのだ。


[エピソード2 終]


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