第4話 異世界の夜

 やっと勇者アーロンの裁判が終わった。

 もうすっかり夜になってしまっている。

 俺は裁判官などやったことがなかったが、上手くできていただろうか。

 だが、何はともあれ明日は休みだ。

 この世界の司法を正すにはまだ時間がかかりそうだが、明日は元の世界に戻る方法を探しながらゆっくり過ごすとしよう。


 今日は異世界について知るために街の方へ行ってみよう。

「こんばんは! 判事様!」 「お疲れ様です」

 歩いただけで街の人々に話しかけられる。

 街はよくあるRPGのような雰囲気だった。

 当たり前のように魔法を使っている人がそこら中にいる。

 街は宮殿を中心に広がっていて、ニ時間くらいで大方回ることができた。

 ゲームのような街だった。

 これなら日本の法律をそのまま適用するのは難しい。


「判事様、うちで一杯飲んで行かないかい?」

 街に一つしかない酒場の主人に声をかけられた。

 ここが勇者アーロンがよく行っていたという酒場か。

 どんなところか、一度入ってみても良さそうだ。

 俺は酒場に入った。

「やあ判事様、元気かい?」

 常連っぽい客に話しかけられた。

 判事様というのはとても好かれているらしい。

 判事というのは役職名だ。

 だが、なぜ揃いも揃って判事「様」と呼ぶんだ?

「ああ元気だ。ところでなぜ判事に「様」をつけるんだ?」

「何を言ってるんですか判事様。記憶喪失にでもなっちゃったんですか〜?」

 茶化してくるが本当に「判事様」の記憶がない俺には笑えない話だ。

「そりゃあ勇者アーロン様と一緒に魔王を倒して下さったのが判事様だからじゃあないですか」

 初耳だ。

「勇者アーロン様が魔王を討ち取った後もまだ戦い続けていた魔族を、判事様はその素晴らしい能力【絶対主義】で全員死刑にして下さった。だから今俺たちが平和に酒を呑めてるっちゅーわけすよ」

 酔っ払った常連客はまた酒を飲み始めた。

 魔王がいたのはつい最近だったという事か。

 勇者アーロンと「判事様」は共に魔族に立ち向かっていた。

「判事様」はただの裁判官じゃなかった。

 俺はなぜ気がついたらこの世界にいたんだ?

「判事様? 酒は飲まないのかい?」

 しまった。里奈に酒を止められていたのを忘れていた。

「ノンアルのドリンクはあるか?」

「珍しいな。もちろんあるよ」

 俺は出されたブドウジュースを飲んだ。

 そして気づいた。俺、今、金持ってない!

 終わった。

「すまん。財布を忘れてて……ツケでもいいか?」

「おいおい大丈夫か? まあ判事様だし俺の奢りでいい。何かあったら言えよ。俺でも手伝える事なら手伝うからな」

「すまん、ありがとう」

 いい人だった。今度はたくさん金(アーロン)を持って飲みに行こう。

 今日はもう遅い。早く家に帰って寝よう。

 ……ところで俺の家ってどこにあるんだ?


 家の場所すら分からない。

 住宅街を探して歩き続けるうちに野原に出てしまった。

「ん?」

 暗い野原の中に、虹色に光るものを見つけた。

「何だこれ?」

 つまみ上げて見てみる。芋虫くらいの大きさの謎の生物だった。

「ヒイッ」

 急いで手を離した。

 異世界の生き物だ。触ったら何が起こるか分からない。

 謎の生き物が野原に落ちる。

「判事様、野原がお好きなんですね」

 聞き覚えのある声が聞こえた。

「クレア……」

 クレアは謎の光る生命体を手に取った。

 その生命体は美しく禍々しい色をしている。

「私、この子好きなんです」

 クレアは芋虫のような生き物を顔の前に持っていき、見つめ合っている。

 いつもより優しい声をしていた。

「この子ね、街の人から嫌われてるんですよ。野菜を食べちゃうから」

 クレアは俺のことを見ていない。

「別にしょうがないと思うんです。ただ生きているだけ。何でみんな嫌うんだろ。こんなに可愛いのに」

 そのまま俺もクレアも喋らずにしばらく時間が過ぎた。

「ごめんなさい。もう帰りたいですよね」

「その事なんだが、俺は家の場所が分からないんだ」

「判事様、本当に記憶が無いんですか?」

「ああ。そうなんだ」

 クレアの声がいつも通りに戻る。

「今、ご案内します」

 クレアが馬車を用意してくれた。

 今回も三分くらいしかかかっていない。

「クレアは魔法を使えるのか」

「ええ、多少は」

 必要以上のことは話さない。

 さっきの彼女は何だったんだろう。

 この世界には俺の知らないことが多すぎる。

 早く帰って家族に会いたい。


「ここが判事様の家です」

 俺が連れてこられたのは、宮殿の庭だった。

「ここが、俺の家?」

「はい。魔族を滅ぼした褒美に国王陛下が判事様の家を宮殿の中に建てられました」

 家はかなり広く、勇者アーロンの家よりも落ち着いた雰囲気だった。

 植物に関する本がたくさんある。

 きっと庭の植物の手入れもしていたのだろう。

 中にはさっきの芋虫を駆除する方法についての本もあった。

 クレアの顔を見るが、目を逸らされてしまった。


「そう言えば明日はどのようにして過ごされる予定ですか?」

 元の世界に戻る方法を探しに…とは言えない。

「適当にぶらぶらしようかと……」

「特に予定はないということですね。それは良かった」

「なぜ良かったんだ?」

「明日、判事様の婚約者が久しぶりに会いに来られるそうです」

 は? 俺には愛する妻と娘がいるんだが。

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