超絶ボーダーライン

藤之恵

第1話 転生、ラスボスの宿命


 運命の始まりなんて、きっと唐突で予想もつかないもの。

 それがどんな運命だとしても、受け入れるのが物語の主人公だろう。


 *


『さあ、次は――アイドルバトル断トツの優勝候補、突然変異のアイドルサイボーグ、黒澤アリア!』


 眩しい。黒澤アリアの感想はそれに尽きた。

 人間の視力では対応できないほどの光量。目を細めたところでやっと何かの影が見えるだけ。

 そんな光に焼かれるように、世界に転がり出た。


(は、え、ここ、どこ?)


 周りを見渡すも、色とりどりのペンライトと遥か彼方から己を照らすスポットライトしか見えない。

 それ以外はべて闇だ。そのギャップにアリアは背筋が冷えた。


『アリアさん、意気込みを』


 マイクを向けられる。

 まだチカチカする視界はマイクを向けて来る相手の顔さえ認識させない。

 スーツと細い手。それがアリアの目にはひどく焼き付いていた。


(アイドルバトルって……)


 口の中で繰り返す。アイドルバトル。酷く頭が痛い。

 アリアの脳裏――いや、麻友の脳裏にアイドルバトルという単語とともに様々な記憶が蘇る。

 アイドルバトル。

 アイドル育成シミュレーションゲーム『アイドルコレクション』の中で行われるものだ。

 自分の選んだキャラクターがアイドルバトルで優勝するようにプレイヤーはキャラを育成していく。

 麻友はこのゲームの重課金プレイヤーだった。

 最後の記憶だって、入院先のベッドの上でスマホを握りしめ、推しの歌を聞いていた。


『アリアさん?』


 麻友としての記憶と、黒澤アリアの記憶。そして、今の状況。

 一気に襲ってきたそれらを丁寧に整理している時間はなかった。

 アイドルバトルは始まっている。


(やばい)


 とにかく何か返さなければならない。

 アリアは一体何を言っていたのか。

 絶対覚えているはず――そう慌てるもアリアとしてのコメントなど出てくるはずもない。

 そう思ったのに。


「はい、皆さんのペンライトが綺麗すぎて見とれていました」


 体が勝手に喋った。

 いや、これは。


(アイドルバトルのオープニング?)


 間違えるはずもない。

 このシーンを麻友は何度も見ていた。

 差し出されたマイクを受け取ったアリアが勝手に話し始める。


「わたしの夢は最高のアイドル。そのためにもアイドルバトルには全力で挑みます。他の人たちも全力で来てください」


 身振り手振りを使い、視線の一つさえ武器の一つ。

 アイドルバトルサイボーグと言われた黒澤アリアに隙はない。

 彼女の身振り一つで観客の声が大きくなる。


(やっぱり、これ、黒澤アリアの宣戦布告シーン……!)


 麻友も何度も見たので覚えている。

 黒澤アリアはどの主人公を選んでも立ちはだかる、いわゆるボスキャラだ。

 どのキャラを選んでも、彼女からの宣戦布告でアイドルバトルはスタートするのだから。

 アリアが言いたいことを伝え終わり、マイクを返すと、司会者は満足そうに笑った。


『では、他の候補者にも意気込みを聞いてまいります』

(っ……他の候補者ってことは)


 アリアは軽く首を動かした。

 ステージの上にいるのは、アリア以外に5人。初期に主人公として選べる5人だ。

 赤、青、黄色、白、緑とカラフルな衣装に身を包んでいる。

 そのうちの一人、白い衣装に身を包んだ一人に視線が吸い寄せられる。


『次は、白銀カレンさん!』

「はい」


 マイクをほっそりとした指が持つ。

 肌の色は抜けるような白さ。純白の衣装なのに、負けないくらい白い肌は彼女に外国の血が流れていることを教えてくれる。

 色素の薄さは髪の毛にも表れており、地毛なのに金に近い色合いをしていた。

 ぱっちりとした二重に彩られた気の強そうな瞳にテンションが上がる。


(カレンちゃんだー!)


 アリアの身体じゃなければ、悶えていたことだろう。

 今だけはこの訳の分からない状況に感謝したい。

 ステージ上のアリアは、システマティックにアイドルらしくファンサービスを振りまいてくれている。

 麻友だったらにやけまくっていたところだ。


「あたしはアイドルとして自分の歌を極めたい。そして、アイドルの存在をみんなに刻み付けたいと思っています」


 ギラギラしている。

 その瞳をみた瞬間に胸が高鳴る。ドキドキと痛いくらいに心臓が動く。

 麻友だけの反応じゃない。

 アリアとしても、麻友としても、カレンがそう言ってくれて嬉しいのだ。

 その証拠にアリアの口角も自然と吊り上がっていた。


「待ってる」

(わたしも刻み付けられたーい!)


 小さく呟いたアリアの声は、歓声にかき消されていった。


 *


「どういうこと? 黒澤アリアだ」


 部屋に戻れば自分の意思で動くことができた。

 鏡の前で、黒澤アリアだったら絶対しない変顔もしてみたから、間違いない。


「さすが、ラスボス……綺麗な顔」


 黒澤アリアは完璧なアイドルだ。ステージ上では。

 それ以外では表情が欠落していると言われるほど感情表現が薄い。

 いや、裏の部分を見せないとも言える。

 そのくせステータスはほぼカンストしており、彼女を倒してゲームのトゥルーエンドを迎えるには、かなりの労力が必要だ。


「いやいやいや……なんで、黒澤アリア?」


 ラスボスと言われるだけあって、グッドエンドでさえ負けることは無い。同点だ。

 だがトゥルーエンドでは、主人公に完璧に負け、その結果芸能界を去ることになる。裏でいじめや足を引っ張ることをしていたのが露見するためだ。

 その後のアリアに触れていたストーリーはない。だが、碌なことにならないのは想像に難くない。


「負けたら人生終わり……でも」


 トゥルーエンドでしか聞けない主人公の歌がある。それぞれのキャラに用意されていて、推しのトゥルーエンドの曲を聞かない内はクリアとは言えないとファンの間では言われるほどだ。

 麻友の推しであるカレンの場合【超絶ボーダーライン】だ――これは聞きたい。

 カレンが自分の存在証明のために、アイドルとは思えないロック調で歌い叫ぶ曲。

 お嬢様然とした容姿とは正反対の歌。

 そのどれもが麻友の心に深く焼き付いていた。


「聞きたい」


 負けたら終わり。

 そう分かっていても。


「私はカレンちゃんの超絶ボーダーラインを聞きたい!」


 折角、同じ世界に来れたのだ。

 夢でも死後の世界でも、なんでも構わない。

 あの歌を聞けるチャンスがあるのに、聞かないという選択肢はない。


「グッドエンドで芸能界に残っても、したいことがあるわけじゃないし……どうせなら、カレンちゃんの【超絶ボーダーライン】を聴いてから去りたい!」


 麻友――黒澤アリアは拳を握った。

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