第25話
「それじゃあ、エララさん。ちょっとお城に、忘れ物を取りに行ってきます!」
「はい、ルナリア様。数日で戻りますので」
翌朝。
私たちは、宿屋の主人であるエララさんにそう挨拶し、『陽だまりのベンチ亭』を後にした。
もちろん、「忘れ物」というのは真っ赤な嘘で、
本当の目的は、我が居城にて、
『星明かりのベリー栽培プロジェクト』
を始動させるためだ。
「気をつけて行っておいでよ。あんたたちがいないと、ちいと寂しくなるねぇ」
寂しそうに笑うエララさんに手を振り、
私たちは、街の外れの森へと向かう。
そこから、お城までは、ひとっ飛びだ。
「さて、と」
「はい、ルナリア様」
人気のないことを確認し、
私たちは、ふわり、と宙に浮いた。
もう、飛行訓練でメソソウになっていた、
数日前の私じゃない。
今の私は、ちょっとくらいなら、
スイスイと、空を飛べるのだ!
眼下に、エールリーフの街並みが小さくなっていく。
風が、髪を優しく撫でて、気持ちいい。
しばらく飛んでいると、
霧の向こうに、懐かしい我が城の尖塔が、
見えてきた。
「……なんだか」
ぽつり、と私が呟く。
「不思議な感じ。前は、あそこから出るのが、夢だったのに」
「……」
「今は、『帰ってきた』って思ってる」
私の言葉に、
隣を飛んでいたセレスティアが、
一瞬、目を見開いた。
そして、すぐに、
今までで一番、と言ってもいいくらいの、
嬉しそうな、優しい笑顔を、私に向けた。
「ええ。おかえりなさいませ、ルナリア様。
私たちの、お城へ」
その笑顔が、なんだか無性に、
胸に、じんわりと、温かかった。
◇
「それで、その温室っていうのは、どこにあるの?」
「はい。城の最上階、南側のバルコニーに併設された、『天球儀の温室(プラネタリウム・グリーンハウス)』にございます」
セレスティアに案内されてたどり着いた場所は、
私の想像を、はるかに超えていた。
「…………うわぁ」
そこは、温室、というよりは、
巨大な、水晶と銀線細工でできた、
鳥かごのような、美しいガラス張りのドームだった。
中には、見たこともない、
幻想的な植物たちが、まるで時が止まったかのように、
静かに、眠りについている。
淡く光る苔、ひとりでにハミングする花、
夜空を映してきらめく、水草の浮かぶ泉。
ここは、生きた、植物園だ。
「すごい……。全部、眠ってるみたい」
「はい。城の主であるルナリア様が眠りについていた間、
この温室もまた、主の目覚めを待っていたのです」
セレスティアが、ドームの中央を指差す。
そこには、ひときわ大きな台座があり、
太陽のような、オレンジ色に輝く、
巨大な宝石が、安置されていた。
「あれが、この温室の心臓部、『陽光石(サンストーン)』です。
あれを再起動させない限り、
この温室の機能は、目覚めません」
「再起動?」
「はい。そのためには……」
セレスティアは、どこからともなく、
分厚い、革張りの『温室取扱説明書』を取り出した。
用意が良すぎる。
「ふむふむ……。なるほど。
陽光石を目覚めさせるには、
『生命を司る、陽の魔力』と、
『静寂を司る、夜の魔力』。
この、相反する二つの魔力を、
完全に、寸分の狂いもなく、同時に注ぎ込む必要がある、と」
「陽の魔力と、夜の魔力……」
それって、つまり。
森を癒した、私の治癒の魔法と、
吸血鬼である、私の本質の力。
……私にしか、できないってこと?
「よし、やってみよう!」
私は、意気揚々と、
陽光石の前に立った。
なんだか、最後の試練みたいで、
ちょっとだけ、ワクワクする。
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