東国の勇者の場合15
っと、いざ意気込んではみたが、やっぱり痛いのは嫌だ。武術に心得のある人間との組み手などできればやりたくない。どうせ負けるのであれば、全力で向かって行って瞬殺される方が身体的にも印象的にもダメージは少ないのではないだろうか。
そんな考えも周りは知ってか知らずか騒がしくなっている。興奮しているというわけではないが、口々に試合のいきさつを皆が予想し合っている。やはり、伝説の勇者という肩書を持った人間の試合というものを見てみたいのだろうか。かなり自分に対して好印象な意見も漏れ聞こえる。色々な意見を出してみながこの試合を見守っているのがわかる。
それだけ勇者というのはこの国で地位が高くなっているということなのだろう。だからと言ってあまりにも過大評価し過ぎな意見が散見され過ぎている気もするが。
「では両者、地面の線から前に出ないように。」
いつの間にか現れていた審判役がその場の進行を始めた。
地面を見ると誰かが線を簡易的に引いてくれていたらしい。地面の材質は土で正直、外と変わらない。床は別に舗装しているわけではないのだ。その土に簡単に脚で線を引いたのだろう。小学生のころの校庭を思い出す。
つまりこれは、楽しめってことなのだろうか。だったら思う存分楽しむだけだ、負けたとしても悔いのないように。
地面に線があって格闘技というと日本人なら否が応でも相撲を思い出す。素人の知識だが相撲も確か線を足が超えないようにしていたはずだ。だが関取は足の位置を揃えていたし、手もつかなくてはいけなかったはずだ。今回はそんなことをする必要はない。
「そんなに真剣な顔をしなくても大丈夫です。たかだか手合わせ程度です。」
メイドが心配してくれてるのか声をかけてくれた。相当深刻な顔をしていたらしい。
「あっ、はい…」
空返事になってしまったが、そりあえず返事はできた。しかし、そのたかだか手合わせが自分にとっては重大なのだ。まぁ、こっちはこっちでやりようはある。少しだけ得意な変化球でなんとか応戦してみるか。
足を肩幅に広げ、右足を20センチ程後ろに下げる。そして両腕を脱力させて、重心を下げて前かがみにする。そのあとに一度大きく深呼吸をする。そして、視線をリニアさんの方へと向けた。
リニアさんは1メートルくらい先で同じように線に左足を揃え右足を少し引き格闘技やバトル漫画でよく見るような構えをとっている。普通はそうするよな。自分もここまで何かを背負っていなければ同じことをやっていた気がする。初心者が見様見真似でやるにはそれが一番簡単だからだ。
だが今回はちょっと要件が違う。少しばかし卑怯な手を使うが、許してほしい。素人のにわか知識でその卑怯な手を最大限生かす方法も思いつた。頭に思い浮かんだ行動を正確にできるくらいには運動神経もある。ある程度、精度の高いものができるだろう。
素人がある程度の玄人を相手にするのだ、当然の権利にだろう。という自己保身はした。勝っても負けてももうどうでもいい。全力を出して楽しむ、それだけだ。
「私の挙げた手がおろされた瞬間が試合開始の合図です。それまで線は超えないように。」
丁寧な説明が審判から告げられた。ゆっくりと審判役の右手が頭上に挙げられてゆく。
「よーい、はじめっ!!」
その掛け声とともに勢いよく右手が振り下ろされた。
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