ヴァンパイアにおねがいっ!(令和改訂版)

井関和美

プロローグ



「……天にまします我が神よ! あの罪深き者に、どうか汝の裁きを!!」

「うっぎゃあ~~~~~~~~!!」


 それは、美しい満月が夜空に光り輝いている、とある晩の事だった。


 何の変哲もない郊外の住宅街の一角に、ぽつんと佇むように建っている古びた教会。


 その教会の一番奥に位置している礼拝堂の中は、色とりどりのステンドグラスの窓が満月の光を吸い込み、それがさらに派手な色合いとなって、そこかしこをまばゆいほどに照らしている。


 そんな礼拝堂の中心に、一人の若いシスターが立っていた。


 シスターの背中の向こうには、この礼拝堂のシンボルともいえる大きな十字架とマリア像が寄り添うように立っていて、彼女の行く末を静かに見守っている。それに勇気を得たのか、若いシスターは精いっぱいの大声を張り上げて言った。


「さ、さあ、罪深き闇の住人よ! 今すぐこの聖なる教会より出てお行きなさい! でないと、次は聖水をかけるだけではすみませんよ!?」


 シスターの震える小さな両手の中には分厚いガラス瓶が収まっていて、先ほどまでたっぷり入っていた聖水が今ではもう空だった。


 ほんの十数秒前、シスターが神への言葉を叫びながら振り回した聖水は、確かに彼女の足元に転がっている者へとかかった。


 どうやら効果はあったようで、ギャアギャアと喚きながら礼拝堂の床を転げ回るその者の全身からは、白い煙が幾筋も立ち上っている。


 それがよほど痛くて苦しいのか、その者は呼びかけを続けるシスターの声に全く反応を示さない。そんな姿を見て、もともと優しい性格の持ち主である彼女は少し後悔をし始めた。


 さすがに聖水はやりすぎだったかも。ニンニクか、小さな十字架をかざすだけにすればよかったかしら……。


 そう思いながら、シスターが二、三歩ほど、その者に近付いた時だった。


 その者は突然バネのように素早い動きで全身を起こすと、肩にかけていた黒いマントを大きく翻しながら、シスターのすぐ目の前まで迫った。


 獲物を狙う猛禽類のような鋭い眼差しを浴び、シスターは一瞬動けなくなる。そのせいで、彼女の手からガラス瓶がゆっくりと離れて落ちていき、礼拝堂の床にぶつかって粉々に砕けていった。


 その者は彼女のそんな隙を決して見逃さず、耳まで裂けそうなほど大きな口から鋭く尖った牙を覗かせる。そして、口惜しそうにこう言った。


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