菫さんは二度目の青春の一ページをめくる

河野心

1ページ目 菫さんの新生活のはじまり


 春らしいぽかぽかした陽気の中、教室の窓の外の桜は満開に花開いている。空にも雲一つ浮かんでおらず、新生活へ幸先の良いスタートが切れたと思う人が殆どだろう。多くの学校が今日から新学年の始まりとなっており、この私立公ヶ谷きみがや学園高校も例外ではない。

 

 その一クラスである2年3組では、最初のホームルームと自己紹介を行なっている真っ只中だ。名簿順にそれぞれ自分の席で起立して行なっており、次に順番が回ってきたのは…


宮西菫みやにしすみれです」


 丸い目の童顔にぱっつんと切り揃えた前髪、そして145センチの身長のせいで高校生にしては幼く可愛らしい印象の女子生徒。彼女が自分の名前を言うと、「可愛い」「小さくない?」「こんな子いたっけ?」と教室内が少しざわついた。それに構わず、菫は話を続ける。


「えー、私は2年から編入学してきたので、皆さんとは初対面です。部活は入っていません。これからよろしくお願いします」

「み…宮西さん、好きな食べ物は?」

「あ!駄菓子とりんごが好きです!よろしくお願いします」


 この自己紹介では、3組の担任教諭である杉谷源太すぎやげんたの提案により好きな食べ物を言うことになっていた。教壇にいる杉谷に促されるまま言うと、これまた一部から「ぽいねー」などと言われる中、菫は深々と頭を下げた。それと同時にこれまで自己紹介した生徒達と同様に拍手が上がる。

 

 頭を上げてから着席するまでの数秒間、菫は見える範囲内でこっそり周りの反応を伺ってみた。流石に反応を見れたのは数名だけだが、他の生徒と特に何ら変わりはない。その中で唯一、担任の杉谷だけ目が泳いでいたが…それは気にしないでおく。副担任教諭の栗山正くりやまただしもにこやかにその様子を見守っている。

 菫は誰にも気付かれないようにニヤリと笑みを浮かべた。




(…よし!バレてなさそうね、この空気だと…




私が…




みんなより10歳年上なことなんて)





 事の発端は約半年前に遡る。ある日の夕方、菫と一緒に住んでいる3つ違いの妹、宮西葵みやにしあおいは仕事を終え自宅に帰ってくるなり驚いた。



「…………」

「ただいまー……ってどうしたのお姉ちゃん」




 葵が見たのはリビングのテーブルに突っ伏している姉の姿だった。その周りには白い紙が何枚もばら撒かれている。


「何これ……あっ」


 葵がその中の一枚を拾って覗くと、そこには「採用を見送らせて頂きました」と、「今後のご活躍をお祈り申し上げます」との文言が書いてあった。他の紙も同様に。また送り返されたと思われる履歴書もある。


「面接…全部ダメだったんだ?」


 当時、菫は長年勤めていたキャバクラを辞めたばかりで就職活動をしていた。もう26歳とアラサーに差し掛かり菫を指名する客が減ったうえ、葵も既に社会人になっている。夜職を卒業して普通の職に就きたいと思っていたが…そこに学歴という大きな壁が立ちはだかっていたのだ。10年前と違って学歴社会と言われているこのご時世、最低でも高校を卒業していないとまともな職はない。菫は頭を抱えながらため息をついた。


「……やっぱり高校出てないと昼職って無理なのね」

「そんなこと…」

「ハッキリ言われたのよ、前。うちは最低でも高卒じゃないと採用しませんって」

「ええ!?今そんなに厳しいの?」

「ハロワでも高校ぐらいは卒業してないとって…高卒認定受けようかなぁ。今から勉強して…」


 相変わらず項垂れたままの菫に、葵はあっけらかんと言う。


「てかさ、高校行けばいいじゃん。今からでも」

「あー、定時制とか通信制とか?」

「ううん、普通の全日制のとこ」

「えっ!?」


 ……いやいや!何言ってるのこの子は!?

 普通じゃ考えもしないアドバイスに、菫は思わず頭をバッと上げた。いつの間にか葵は向かい側に座っていて、真剣な目で自分を見つめている。この目だと、決して冗談ではなく本気で言っているのは間違いない。


「な、なんでまた…」

「だってお姉ちゃん今仕事してないし朝から夕方まで通えるでしょ」

「そ、そうだけど…」


 確かに菫は仕事を辞めたばかりの無職だし、時間はたくさんある。そもそも高校は義務教育ではないし、たまに留年などで他より年上の生徒がいる話も聞かないことはない。流石に10歳年上はまずいないだろうが。

 葵は「それに…」とまだまだ話を続ける。


「私、高校生活すごく楽しかったよ。友達も先輩も後輩も皆いい人で大好きだった。未だにしょっちゅう遊ぶし、卒業するのが嫌になったぐらいよ」

「葵はリア充だったもんね。卒業式泣いてたでしょ」

「だから…お姉ちゃんに申し訳なく思ってさ。こんな楽しい時間を過ごせたはずなのに、私のために中退して働いて高校も大学まで行かせてくれて…」

「葵……そんなこと思ってくれてたの?」


 菫は10年前も高校に通っていたが、1年で中退している。菫が高校を辞める前、2人の両親は事故で亡くなった。姉妹2人で生活が苦しくなったうえ、警察官になるという夢を持っていた葵を大学まで行かせるための学費を工面すべく、働いていたからだ。

  

 中退を決めてから退学届を出すギリギリまでの間、葵が「本当に辞めちゃうの?」と心苦しそうな顔で何度も訊いてきたのを菫は覚えている。しかし、自分は妹と違ってこれといった夢もないので、葵のためならと思っていた。

 

 ただ、自分が朝から晩まで働いている中、ちゃんと高校生活をエンジョイしている葵を見ていいなぁ、羨ましいと全然思わないと言えば……嘘だったが。

 

「今度はお姉ちゃんが青春を謳歌する番だよ!私も今は仕事してるし学費は任せといて!」

「き、気持ちは嬉しいけど…」

「え?」


 葵は熱心に推してくるが、この時点では菫は首を縦に振れなかった。


「いやいやおかしいでしょ!10個も年が違うんだから!……どう考えても変じゃない!他の子だって絡みづらいでしょ、27歳なんかオバさんだし。それにこの年で青春を謳歌だなんて……」


 必死に抵抗するも、葵は吹き出したうえ「なんだそんなこと」と言わんばかりに笑い出すだけだった。


「アハハ、大丈夫だよお姉ちゃんなら」

「……どういうこと?」

「お姉ちゃん26歳にしては若い…って言うよりも幼いじゃん!絶対年齢バレないって」

「はぁ?!」

「何回私の方がお姉ちゃんに間違われたり、未成年に間違えられたりしたと思ってんの。だいたい前のキャバクラで働く時も、最初は門前払いさせられそうになったじゃん」

「まぁそんなこともあったわね…」


 いくら実年齢より幼く見られても、クラスメイトを騙すなんて……。確かにそういうことはあったが、一回りも年下の子達と一緒に彼らと同じように学校生活を送れるのか、ましてや葵のようにリア充生活が出来るのだろうか……。不安が尽きないが、葵にとっては杞憂に過ぎないようだ。


「それに高校って義務教育じゃないし別に皆同い年じゃなくてもいいんじゃないの?てか下手したらお姉ちゃんよりもその辺の高校生の子の方が大人っぽいんじゃない?」

「そこまで〜!?」

「だから心配しなくていいのいいの!そうと決まれば…」


 まだ納得していない様子の菫をよそに、葵は徐にスマホを出して真剣に画面を見ながら何かを打ち込んでいる。


「ちょっ、私まだ…」

「早く志望校選ばないとね!あ、こことかどうよ?」

「私立じゃない。いくらなんでも学費高過ぎるでしょ」

「大丈夫だよ。私の年収じゃ無償化してくれるし」

「……ってここセーラー服じゃない!!」

「セーラー服嫌なの?」

「嫌に決まってるでしょ。アラサーにもなってセーラー服とか冗談じゃないわよ」

「お姉ちゃんなら似合いそう…」

「んな訳ない」


 こうして葵の半ばゴリ押しに近い形で、菫は夜の蝶から高校生へとまさかの転身を果たす羽目になったのだった。

 

 そして迎えた始業式の朝も、葵は「楽しんできてね〜」と言いながら送り出してくれた。



 そんなこんなでこの日のホームルームは全て終了し、多くの生徒が教室を後にしていた。廊下や階段では友達とワイワイ話しながら帰路に着く者、恋人と手を繋いで放課後デートへ向かう者、急いで部活動に向かう者とでごった返している。しかし、一部の生徒達はそうではない。

 

 菫を含む6班の5人は校舎の裏にいた。新学期が始まったばかりでゴミはほとんどないし、春先なので落ち葉もほんの少ししかない。正直掃除などする必要があるのか疑問に思う程だが、菫は黙々と小さなゴミを拾っている。ゴミを拾いながら、菫は今日学校で見たこと聞いたことをぼんやりと思い出す。


(はぁ……まだあんまりクラスの子らとほとんど喋れなかったなぁ。そもそも10個下なら何話したらいいのかわかんないし……)


 菫は早速クラスメイトとの会話に行き詰まっていた。前職ではそもそも営業スマイルを浮かべながら客の聞き役に徹していた。なので、元キャバ嬢だからといって特段コミュニケーション能力が高いという訳でもない。そして着ている制服も動きにくいうえ、どんどん重く感じてくる。


(葵ったら青春を謳歌しろだの言ってたけど……そもそも青春って……どんなものだったかしら?)

 

 既に成人を迎え、何年も社会人をやってきた菫にとっては「青春」といきなり言われても……何だっけと思ってしまう。

 そこで、菫は葵が高校生だった時のことや、今まで観て読んできた学園ドラマや漫画を思い出してみる。たまに葵から楽しい楽しい高校生活の話を聞いており、それを話す葵も常に笑顔で、本当に学校生活を謳歌していたことが伝わってきた。そして菫も少なからず羨ましく思っていたのである。


(そういえば今桜が咲いているけど……葵言ってたわね、桜の下で告白したって。結局振られて泣いてたけど。

 それとクラスで揉めたり喧嘩とかするけど最終的には仲直りして皆で団結したりとか?

 あと友達とプリクラ撮ったり一緒にナクドとか行ったり、屋上でお弁当一緒に食べたりとか。

 あとは……放課後制服デート?いや恋愛イベントはちょっと年離れすぎて……)


 いつしか頭の中をフル回転させ、青春について考えている菫。だがその時……


「ちょっとよっしー!何サボってんだよ!?」


 後ろから女子の怒号が聞こえた。声の主は菫と同じ班の山﨑やまさきめぐるだ。彼女と、近くで箒を掃いているもう1人の女子の山本やまもと彩矢音あやねが、髪をツーブロックにした男子に詰め寄っている。その男子、吉田和馬よしだかずまは箒も塵取りも持たずに座り込み、怒られているというのにスマホをいじっている。


「うるせーな」


 そればかりか管を巻いている和馬に、めぐると彩矢音は怒りが収まらない。


「アンタのせいで掃除させられてるんでしょが!」

「そうだよ!ジャンケン負けるんだから」


 この高校では週一のペースで各クラスの一班に掃除当番が回ってくる。掃除場所は2年3組は校舎裏で固定されている。今日は新学年初日であり最初に掃除当番になる班をジャンケンで決めることになり…最終的に6班代表の和馬が負けてしまったのだ。

 こんな状況だというのに……菫は内心ニヤリとした。


(あらあら……早速揉め事きたわね。でも結局仲直りして皆で団結!ってなるのかしら?)



 早くも青春シチュエーションが到来したと陰で期待する菫を尻目に、和馬は座ったまま天を仰いで呟く。


「俺ジャンケン強いのにな〜」

「いや知らんし」

「てか負けてんじゃん」


 めぐると彩矢音が間髪入れずにツッコんだのは言うまでもない。何回注意しても和馬は言うことを聞かないので、めぐると彩矢音はブツクサ言いながら別のところを掃除しに行った。


(あーあ……仲直りしてないじゃない。まぁどこの世界にもサボる人っているわよね。クラスの中でも発言力のあるあの2人が注意してもああだから、新参者でチビの私なんか何言っても無駄な気がするわ……)


 いくら年上とはいえ、流石に今日初めて会ったばかりの人物にサボりを注意するのも気が引ける。和馬はどうやら常習犯らしく、先程の自己紹介の時に栗山から「今年はサボらずにしっかりやるんだぞ」と釘を刺されていた。しかし言われた側からこの有様である。

 

 一方、めぐるは女子のリーダー格で発言力もクラスで一二を争う程、男子相手にもこうしてキツめに注意できる程気が強い。高い位置のお団子頭がいかにも元気で活動的な雰囲気を醸し出している。

 もう一人の女子の彩矢音はボクサーブレイズにした長髪が日本人離れした印象の女子で、実際に帰国子女らしい。めぐるほどではないが、彼女も気は強い方でハッキリ物を言うタイプだ。確かめぐるも彩矢音もバスケ部だとも言っていた。

 

(てゆうか女の子達がこんなに注意してくれてるのにあの子も黙ったまま……今時の子って女の子の方が強いのかしら?まぁサボってないからいいんだけど)


 男子の班員はもう一人いて、若林佳之わかばやしよしゆきという生徒だ。彼は大人しく無口で、菫と同様に黙々と箒で掃いている。

 以上の4人が菫の班の班員である。結局この時はめぐるも彩矢音も怒ったままで仲直りすることなく、菫が期待した揉め事→仲直り→団結という展開にはならなかった。


(あーあ……大丈夫かしらうちの班。青春とか以前の話ねこれじゃ……)


 早くも先が思いやられると思いつつ、菫は未だにゴミ拾いを続けながら、2人で話しているめぐると彩矢音を眺める。話しながらも真面目に掃除を掃除している2人を見て、次に菫の頭に浮かんだのは自分のクラスのこと。


(そういえば最近スクールカーストとかってよく聞くけど、うちのクラスはそこまでキツくなさそう。山﨑さんと山本さんもグループ違うけど普通に話してるし。

 スクールカーストっていうよりも仲良しグループって感じかしら)


 男女合わせて34人いる2年3組では早くもそれが形成され、仲の良い者同士である程度固まっている。ちなみにめぐるのグループがクラスの中心的グループで、先程の自己紹介もめぐると、同じグループの他数名が仕切っていた。ただ彼女らは他のクラスメイトと話すことも普通にあるし、逆にめぐる達からも気軽に話しかけているので、ドラマでよく見るスクールカースト一軍のような偉そうな雰囲気は感じられない。

 他のグループもそんな感じで、グループ毎の垣根は低いようだ。


(それにしても……早くない!?今日、クラスメイトが発表されて初めてこのメンバーで教室に集まったばかりなのに!)


 そもそもここ最近はSNSの普及のおかげで、新1年生ですら入学前から同じ学年になる予定の生徒同士で交流している。そして入学式の時点でもう仲良しグループができているという有様……という話を菫は耳にしたことがある。ましてや今菫がいるのは2年生のクラスだ。


(だいたいどこも3から7人ほどのグループに別れて話したり笑い合ったり……これも青春って感じね。

 …………やっぱり私もどっかのグループに入らなきゃダメかしら!?でも青春を謳歌するんなら……同じクラスの友達は必要よね?)


菫は仲良しグループについて考えているうちに、再び「青春」について考えるに行き着いてしまう。


(ていうかまずぼっちだとダメよね……。

 葵は友達いっぱいいて、高校生活が楽しかったのも友達のおかげって言ってたわ。

 ……よし!明日こそとりあえず誰かに話しかけよう!まずはグループに入るか否かは気にせずにとにかく誰かに……ていうかせっかくだからグループ関係なくクラスの皆と仲良くしたい!)


 菫がそう息巻いた、その時だった。




「私やっぱりあなたのことが諦められないの……


今度こそ付き合ってください!…生田目なばため君!」


(えええ!!)




女子の告白の台詞がいきなり耳に入り、菫は思わず校舎の陰にパッと隠れた。



 菫は物陰に隠れてバレないようにそーっと覗く。目に入ったのは、いかにもな告白現場だ。1人の女子が、ある男子に向け頭を下げて手を差し出している。しかも……男子生徒の方に菫は見覚えがあった。


(しかも告られてるのうちのクラスの生田目君じゃない!)


 そう、菫と同じ2年3組の生田目凜なばためりんだ。教室で耳に入った噂によると、試験では全教科不動のトップを誇る秀才なのだとか。切れ長だがくっきり二重瞼の目がクールな印象の美少年でもあるが、彼は孤高派なのか他人とつるんでいる様子は今のところ見受けられない。

 こんな状況に図らずも出くわした菫は、口を手で覆いながら見守る。頭の中では……大興奮していた。


(う……嘘でしょ!?校舎裏で、しかも、桜も咲いてる中で告白なんて……凄く……青春してるじゃない!!)


 ……と思ったのは最初だけ。


(………………いや、)


 しかし…………


(でも…………)


 覗いているうちに……拭いきれない違和感が付き纏う。




(でも……でも…………



……何なの?周りにいる女の子達は……)




 そこにいるのは凜と告白した女子だけではない。その二人を四、五人の女子が囲んでいる。


(流石に私と同じで出くわした訳ではなさそうだし……。まさかまさか……告白した子の友達とか??)


 菫の表情がどんどん険しくなっている間でも、凜はというと…表情を一切変えずに黙ったまま。もちろん差し出されている手を握ろうともしない。こんな状態が1分ぐらい続いた後、菫が嫌な予感を感じた通り、取り囲んでいる女子の1人が口を開く。


「…ねぇ何か言いなよ!告白されてんのに!」


 それを皮切りに、他の女子達も口々に詰め寄る。


「そうだよ!こんなに真剣なのにさ」

「ユリカはさぁ、またあんたに告白してくれてるんだよ!?1回振られてるのに」

「それでもこんなに想ってるんだからまた告白してんの!」

「こんなにいい子なんだから!」




「うわぁ…」




 友人のためとはいえ……複数人で寄ってたかってここまでグイグイ迫ってくるか。こんな光景も少女漫画でたまに見るが……菫はすっかり興奮が冷めたどころかドン引きし、思わず呟いた。もちろん凜と女子達には聞こえないように。


「宮西さんもそう思う?」

「!!?」


 いきなり耳元で囁かれてビックリし、今度は大きな声が出そうになってしまったが、再び両手で口を塞いで何とか堪えた。



 ぐるりと横を向いたその先にいたのは…めぐる。


「山﨑さんいつの間に…」

「今来たとこだよ。掃除終わったのにいないから」

「あ…ごめん」

「いいよいいよ。それよりも何アレ?告るのぐらい一人で行けよ」


 呆れ顔で彼女達を見ながら、めぐるは吐き捨てるように呟いた。


「…山﨑さんもそう思う?」

「当たり前っしょ!私友達引き連れて告白したことないし、こんな告白されたら普通ドン引きするよ」


 バッサリ言い切っためぐるに、菫はホッとした。菫も同じことを思ったし、そこは今時の高校生と変わらない。


「そうよね!きっと生田目君も困ってるわ」

「あ、何か言い返しそう…」


 菫とめぐるが見守る中、凜は頭を掻きながらはーっと大きな溜め息をついた。さも面倒くさそうに。


「…あのさぁ。友達に着いてきてもらったら俺と付き合えるって思ったわけ?」


 切れ長の目からギロリと鋭い視線が投げかけられているのに気付き、ユリカという名前らしいその女子は顔を上げてビクッと震えた。他のメンバーも流石に怯んで黙っている。


「いい加減しつけぇんだよ。お前1年の冬にも俺に告ってきて振られただろ?そういうの興味ねぇって言ったよな俺。なのに振られた後も毎日毎日下駄箱に手紙入れてくるし、今度はコレかよ」


 ぶつぶつ文句を言うかのように凜は言い放った。周りの友人達の表情がどんどん険しくなり、次々と冷たい視線が彼へと突き刺さる。ユリカの顔だけは真っ青で表情も悲しげだ。


「わ…、私…毎日は送ってな…」

「それでも二日に一回は入ってた。ハッキリ覚えてるもん。正直こえーよ。入ってる度にまたかよって」


 こんな状況でも容赦なく話を続ける。そして凜は完全にトドメを刺した。


「悪いけど…何回告られても変わんねーぞ。お前が大っ嫌いなのは!しつこいしうじゃうじゃ寄ってたかって告ってくるし…てか誰がこんな奴好きになんだよ!冗談も顔だけに…」

「ぅわぁああーん!」


 凜が言い終わる前にユリカは泣き崩れてしまった。周りの友人達がすかさず駆け寄ってくる。心底嫌そうに顔を顰める凜をよそに、ユリカの友人達はわんわん泣く彼女を支えてその場から退散した。怒り心頭な様子で罵詈雑言を吐きながら。


「いや〜…凄かったね」

「もうどこからツッコんだら……ねぇナバちゃん!」

「!?」


 これまで校舎の陰に隠れて告白の様子を眺めていた2人だが、ユリカ達の姿が見えなくなると、めぐるはあろうことか当事者の凜に声をかけた。盗み見していたのがバレてオロオロする菫に構わずに、しかも彼に似合わなさそうなあだ名で。


「…何、見てたの?」

「うん」

「ちょっ、山﨑さ…」

「もぉ泣かせちゃって〜」


 めぐるが揶揄うと、凜はやれやれとでも言いたげにまた大きな溜め息をつく。


「向こうが勝手に泣いたんだろ…本当うぜぇ」

「わかるわかるー。あんなに友達引き連れて来てさ。ナバちゃんが断れないようにするためだよ絶対」

「つーか何だよナバちゃんて」

「いいじゃん減るもんじゃないっしょ」


 勝手にあだ名で呼ばれて困惑気味な凜だが、めぐるは特に気にしていないようだ。彼女は人にあだ名をつけるのが好きなのか、クラスメイトほぼ全員に彼女考案の独特なあだ名をつけては呼んでいる。少し前には同じ班の一馬も「よっしー」と呼んでいた。なお、菫にはまだつけられていない。


「いや〜、モテてモテて困っちゃうね〜」

「冗談抜きで困るわ、あんな奴。あー、やっと帰れる」


 そう言って凜は去って行った。「ナバちゃんまた明日ー」と言うめぐるに返事はせず背を向けたままで。


「何ていうか…生田目君って見た目通りクールね」

「まぁアレじゃ確かにモテそうかな。私はああいうのタイプじゃないけど。あ゛!ヤバっ!」

「どうしたの?」

「部活行かなきゃ!ただでさえ掃除で遅れてんのにアイツらのせいで更に遅くなったじゃん」

「私達も帰りましょ」


(まぁ今時の子でもあんな告白はナシよね。それよりもよかった…山﨑さんも私が一回り年上だって気付いてないみたいで)


 とりあえずホッとした菫は足早に教室へ戻るめぐるに続いて踵を返した。編入早々凄いものを見せられたけど、それがきっかけでクラスメイトと年の差をさほど感じることなく会話出来て楽しかったと思いながら。



 菫が教室を出て渡り廊下を歩いていると、見覚えのある姿が見えた。「あっ、杉谷先生」と菫から声をかけると呼ばれた方はビクッと震えた。それに構わず、菫は駆け寄って杉谷にしか聞こえないよう囁く。




「なーにビビってんのよ、杉谷君」




幸い、渡り廊下とその周辺には誰もいない。菫と杉谷は隠れるように渡り廊下の塀の外側に並んで座り込み、話を続けることにした。


「な、なんで宮西さんが生徒に…」

「もう一度高校からやり直すのよ。昔同窓会で言ったでしょ、私。高校2年になる前に中退したって」

「あ、あの時はキャバクラで働いてるって…」

「ああ、辞めたのよ。で、普通の仕事探そうと思ったけど高校中退じゃどこも雇ってくれなくて」


 実は菫と杉谷は同級生で、小学校から中学校まで同じであった。同じクラスになったことも何回かはある。当時二人はそこまで仲が良い訳ではなかったのだが、菫は杉谷のことを覚えていたし、逆に杉谷も菫のことは覚えていた。杉谷が菫の自己紹介の時に目が泳いでいたのは恐らくそのせいだろう。

 菫がここにいる経緯を言うと、杉谷は怪訝な顔を見せる。


「何なのよその顔は。やっぱりおかしいと思ってるんでしょ?杉谷君と同いの人が生徒で」

「でもなんで……学歴が欲しいんなら定時制とか行けばいいじゃん?」

「だからやり直すって言ったでしょ。妹にね、せっかく高校生になるんだから青春を謳歌してこいって言われちゃったのよ」

「何だよそれ」

「で、早速さっき青春を見せてもらったわ。桜舞う体育館裏で告白しちゃって……」


 色々とツッコミどころはあったものの、そのシチュエーション自体は菫の描く青春そのもので、菫はうっとりした目になる。

 が、杉谷は困惑の表情を見せ……


「……いやいやいや。少女漫画の見過ぎじゃね?」

「は?」

 

 せっかくうっとりしていたところに水を刺され、菫は一気に真顔になる。


「校舎裏とか人通るし誰かに見られるかもじゃん!現に宮西さんだって見たんだろ?

 最近の高校生なら学校帰りとかが主流だぜ?そっちの方が2人きりになれるし……」

「……なるほど!さっすが高校教師ね、今時の子の青春わかってるんだから〜

(そういえば葵も振られた時「少女漫画かよ」って言われてたっけ…)」

 

 逆に杉谷に「今時の青春」について語られ、妙に納得したところ……パタパタと足音が聞こえてきた。菫はビクッとし、思わず立ち上がって渡り廊下を見る。

 そこにいたのは……女子生徒だ。黒髪ショートボブをハーフアップにした清楚な雰囲気の彼女は、菫の存在に気付くとニッコリ笑顔を見せる。一方、菫はそこにいたのが彼女でよかったと安堵する。


「なーんだ……琴ちゃんじゃない」

「菫ちゃん!……そんな大きな声で喋ってたらバレちゃうわよ」



「……じゃあ有薗ありぞのさんは宮西さんの正体を知ってるってこと?」

「はい。先生も菫ちゃんとは顔見知りなんですね」

 

 渡り廊下を通りかかった女子、有薗琴葉ありぞのことはは2年5組の生徒だ。琴葉は菫の元同僚の年の離れた妹で、元々付き合いがあり菫の「秘密」を知っている。というよりも菫がこの北水島高校を選んだのは彼女の勧めだ。

 杉谷と2人で話していたところに琴葉も加わり、3人で横に並んで話す。

 

「それにしても菫ちゃん。似合ってるわね、その制服」

「……ウチの妹にも言われたわよ」

「ここまで似合うんなら……3組の子らわかんないんじゃない?菫ちゃんの実年齢……」

「本当?」

「うん」


 現役高校生がそう言うのならば……間違いない!菫は思わずニヤける。妹が望んでくれているように青春を謳歌するために、この高校での友達は上下関係なく対等で、他のクラスメイトと同じように普通の友達でいたい。幸いこうして琴葉も対等に接してくれている。

 

 もし一回りも年上とわかっていたら……どうしても心の距離ができてしまってそういう訳にもいかないだろう。万が一発覚したとしたら……と思うと背筋が凍ってしまう。それに高校生にとって10歳年上はオバさんであろう。なのでバレたとしたら、ババア或いはオバさん呼ばわりされる未来が待っている。


「ありがと。という訳で、杉谷君……わかってるわよね?」

「ああ…他の子には内緒にするんだろ?」

「ピンポーン。じゃあそういうことだから。くれぐれも私の「秘密」はちゃんと守ってね、杉谷先生。行こ、琴ちゃん」


 教師でも菫の実年齢を知っているのは、担任の杉谷に副担任の栗山と、一部の偉い立場の教師だけである。

 こうして釘を刺した後、菫は杉谷が返事をするのを待たずして琴葉と共に「また明日ー」と言い、その場を後にした。


(それにしても……まさか……杉谷君がいるなんてビックリだわ。確か……別の高校いたんじゃなかったっけ?

 まぁちゃんと内緒にするよう言ったから大丈夫だろうけど)


 まぁ杉谷のことは置いといて……今のところめぐるをはじめとしたクラスメイトには気付かれていないし、琴葉も制服が似合うと言ってくれた。この感じなら……こんな年でも楽しい高校生活を謳歌出来るような気がしてきた。年齢のことはもちろん、不安が全くない訳ではないが…それ以上にこれから始まる新生活に菫はワクワクしている。

 

 明後日には一泊二日の宿泊研修がある。宿泊研修はクラスメイトとの親睦を深めるためのものらしく、もっと距離が縮まりそうだ。クラスの皆は一体どんな子達なのだろうか。もっと色々話をして皆とお友達になりたいな…と菫は心が躍る。


「あっ、そうだ菫ちゃん」

「ん、どうしたの?」

「やっぱ時代遅れよ、校舎裏の告白って」

「え?」

「一昔前の少女漫画って感じね〜。最近なんかLINEとか……」

「えええ!?ら、LINE!?……今時の高校生って感じね……」


 今度は琴葉にはっきり言われ、菫は再び一抹の不安を覚えたのだった。



 ホームルームが全て終わったのはお昼過ぎなので、最寄駅のホームにいる人はごく僅か。公ヶ谷高の生徒が数名いるだけだ。反対側のホームも同様に。


「………」


 凜は端の方のベンチに腰かけ、スマホをいじりながら電車を待っている。


(確かこの辺に……あった)


 彼のスマホに写っていたのは、眼鏡にスーツ姿の真面目そうな男性と一緒に歩く派手な洋服を着た長い巻き髪の女性。

 この二人…やけに身長差がある。というよりも、女性の方がかなり背が低い。そして空は暗くどう見ても夜なのだが、二人の周りだけはネオンがキラキラと輝いていて明るい。




(なんか見覚えあると思ってたんだよな…)



 

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