第1章・第12話 静かな時間
多くの護士と狩人の緊張が解け、安堵が場に広がった。予兆発生から再構成までの猶予、二十四時間が、いつもどおり働いたと確認できたのだ。
「扉の変化もないな。消失の危機も回避できたか」
フォルドは腕を組み、険しい表情のまま扉を観察する。
扉前は、息が詰まる空気から一転、普段の場のように心地よい風が通る。さきほどまで匂いはなかったが、空腹に刺さる香りが流れてきた。誰かの腹の鳴る音に、場が更に緩んだ。
時が止まったように強張っていた人々が、ゆっくり動き出す。走り出す人、体をほぐす人、ゆっくりと場を離れる人。それぞれの目的で緊急事態を見守っていた。
クラヴァーが駆け足で寄ってくる。
「次は扉が開く、二十四時間後ですね。現状維持でよろしいでしょうか」
「目的もなく気を張り詰めても摩耗するだけか。平常運用に戻すが、各々、警戒意識は高めておけ」
指示を受け足早に場を離れていく。
「フォルド団長、少し休憩しましょ。私たち狩人は時間を持て余してる。人員を残して見張っておくよ!」
「あぁ、頼む。……酒でも飲んで寝るか」
ニムの言葉に、フォルドは気を緩めすぎて威厳も吹き飛んでいた。
「ハハッ!ほどほどにねー。カーデン、萬屋に『狩人は体制維持』って共有しといて」
カーデンは頷き、活信で連絡を始めて席を外す。
「扉が開いたら、いつもの開拓をするか。悩ましいな」
「そうだねー。皆疲れてるだろうけど、生活もあるからね!一層までで止めておくのはどう?」
ニムはうかがうように手を差し出し、フォルドに提案する。
「それが無難だな。市場とも調整が必要か」
フォルドは、モルティアに丸投げする前提で話を進める。
二人は、交代時間までのわずかな間を、扉前の仲間たちとの談話で過ごした。
* * *
王の寝室。一時は王の呻きが絶えず響いた部屋。いまは静かな寝息と時を刻む音、そして機械音だけが聞こえている。外から差す光は厚い幕を透かして薄く、寝台の白布だけが呼吸に合わせてわずかに揺れる。
眠りから覚めない王の他にも多くの人がいるが、誰もが物音を立てずに立ちすくむ。計器の結果に声を失い、うつむいていた。
クロッドが静かに訪れ、機械の前に立つ職員に声をかける。
「意識が戻らない原因は判明しませんか?」
「……はい。身体の状態に異常は見られませんでした」
「では、待つしかないんですね」
「そうですね……。一点だけ、変化が起こっている箇所は判明しております」
「なんだと! どんな異常が発生してるんですか」
「……活力の流れが確認できておりません」
「――どういうことですか」
「おそらく、血筒への充填や魔技の発動ができなくなっているかと」
計器の針は揺れず、動いている事を示す点灯だけが明滅している。クロッドは目を見開き、何かを発せようとする口だけが動く。
「魔技が使えず――常世に行くことは許可できません」
職員の言葉を聞き、クロッドは怒りか悲しみか、拳を握りしめて歯を食いしばり、下を向いた。
音も香りも未来も感じられない場で、時間だけが過ぎる。クロッドは天を仰いで深呼吸をひとつし、指示を下す。
「皆さんお疲れ様でした。父の安否は確認できましたので、緊急招集は解除します。引き続き、看護をお願いします」
視線はどこともつかず、少し体を揺らしながら、静かに部屋を去った。
* * *
時間の流れを感じにくい暗い部屋で、一人考え込むモルティア。
「考えられる対策は取った(最悪な事態に備えて)」
「護士の配置も終えた(街からの報告に不足はない)」
「狩人の協力も得られている(萬屋からの定期報告も滞りない)」
提出された書類に目を通し、異常が報告されないことに安堵する。
部屋は、窓の隙間から差す光が床に時刻を表す。机上の飲み物の湯気は消え、部屋で動いている物は何もない。音も動きもない空間で、
「次は問題解決ね(いま起こっているのは資源供給の停止)」
「二次産業の対策だけ(一次産業は常世の影響は受けない。良かった)」
「萬屋に謝礼か(輸入に補助をつけ、市場調整は任せよう)」
目を瞑り、深いため息が出る。
「狩人……(生計を考えると難しい。仕事を任せて報酬を渡しましょうか)」
モルティアが発する音も止まり、部屋が無音になる。少しして寝息が聞こえてくる。
小さく身震いして目を開け、立ち上がる。伸びをしてから周りを見渡し、卓上の冷えた
「財政に懇願しに行かないと」
独り言が続いた自分が少しおかしく、微笑む。身だしなみを整え、各所へ依頼に赴くために戸を開けた。
* * *
城門の前で出入りする人と会話をするシロン。混乱の隙に悪事を働く者を入れないため、また外部から情報を探るために警戒を続けている。
旗が風になびき、一定の音色を提供している。台帳が置かれた小さな卓、台帳を管理する護士と門前に起立する護士。後方にも、身を潜めるように護士が待機している。普段なら訓練場から声が聞こえるが、新任を含めて巡回を行っており、城内は静かだ。
「シロン様、お疲れ様です。私どもはこれにて失礼します」
「ご苦労様でした」
王の容体を診察に招いた人たちに、深く礼を述べる。
「『紫の球』に関して、分かった事がありましたらご連絡お願いします」
「はい。知人にも聞いておきます」
シロンは、球に関して多くの人に聞き回ったが成果は得られていない。前王夫妻にも活信で報告したが、心配をかけるだけの結果に終わった。来訪の意志は受けたが、異常時の警戒体制ゆえ、クロッドからも連絡を重ね、丁重に抑制している状態だ。
管理帳を確認しながら、怪訝な表情をする。
「おや、フォス導師は昨夜から帰られていない。聞いておきたかったのだが」
他の護士に聞いても、帰られたところは見ていないらしい。
「護星教の方でも分からなかった。王が目覚めてから聞くしかないか」
シロンは意志を固めたように、区切りの言葉を発する。
「これから入場は制限し、この場の人員も減らす」
昨日とは変わって、場は和やかな空気になっていた。気兼ねなく休憩に入れることに、皆ほっとしている。
* * *
昼の光が少し傾き、クロッド、フォルド、モルティア、シロンは部屋で情報を交える。
「常世への扉は異常なく、閉鎖した。開門待ちだ」
「街中も異状なし。護士の配置も滞りなく終えています」
「招集された方々の帰還も順次行っております。導師が見当たらないとの報告が上がっております」
「フォス導師が? 昨夜遅く、王の寝室でお会いしたが……人目が少ない時に帰られたのかな」
クロッドが情報を取りまとめ、状況整理を終える。
「うん。再構成が明けるまでは休憩でいいかな。次の常世での活動は慎重に行わないといけない」
「そうですね。流通が滞るのを避けるため、二層のヌシ前まで進み、様子を見る計画をしております」
「わかった。引き続き、モルティアの方で担当との調整を済ませておいて」
モルティアは了承し、次の話題に移る。
「次回の開拓は、新任を前線に連れて行かず、扉前整備とします」
クロッドは頷いて答える。
「『紫の球』に関する情報は見つかりませんでした」
シロンが頷く。フォルドは、クロッドに厳しい顔を向ける。
「殿下も、次の開拓の前線は控えておくか」
――殿下。その呼び方に、王家としての
「魔技がなくても、前で護るのが皆の王さ」
クロッドは、明るい笑顔で答えを示した。
「き…き…… …ち…か………………つ……」
将来の不安を
「き…き…う まち…か………た……つげ…」
「外が騒がしいぞ」
フォルドの指摘で、モルティアは急ぎ戸を開ける。
「緊急! 街中に幻体が出現!」
その知らせに、椅子が鳴るより早く、四人は散った。確認もなく、役目がそれぞれの足を選ばせた。
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