この遊園地であなたと-2

 朝一番に入場したはずだったのに、いつの間にか十六時前になってしまっていた。地元の小さな遊園地であるここは、十七時で閉園時間が来てしまう。途中でお昼ご飯は食べたけれど、それ以外の時間は遊び尽くしてさすがに疲れも出てきたので、出店でドリンクを買って少し休憩することにした。こうして休憩するのもいつも同じベンチで、私は抹茶オレ、樹里先輩はカフェラテを頼むのもいつもと同じ。

「あと一時間、かあ…」

 二人並んで座り一息ついた頃、ポツリと一言、樹里先輩が呟いた。それが何だかとても寂しそうに聞こえてしまって、初めて聞いた声色に少し驚きながらも先輩の表情を伺う。樹里先輩はやっぱり寂しそうな顔をして、両手で持ったカフェラテのカップを見つめていた。私も先輩と過ごすこの日がまだ終わって欲しくないと、心から思った。

「…先輩?」

「この遊園地ね、三月末で閉めちゃうんだって」

「えっ⁉」

 初耳の情報に、驚きで思わず固まった。三月末って、もう明日じゃんって。

「ひっそりとホームページで発表されてたんだけど、誰も話題にしてなかったんだよね。明日は別の用事があって来れないから、最後に菜子ちゃんと来たかったんだ」

「閉めちゃったら、ここはどうなるんですか」

「アトラクションは全部撤去して、土地を全部整備して緑地公園にするんだって。しょうがないよね…閉園前日でも人っ子一人居ないんだもん」

「そう、ですね…」

 何度も何度も樹里先輩と来たこの場所がなくなってしまう。その現実を急に突き付けられて、私はひどく混乱した。ずっと頑張って蓋をしていた、先輩が東京に行ってしまうことへの寂しさまで妙に現実味を帯びてきて、涙が一筋、頬を伝って流れ落ちるのに気付く。

「な、菜子ちゃん⁉」

 私の涙に気付いた樹里先輩は、ものすごく慌てながらショルダーバッグの中からハンカチを取り出した。涙を拭いてくれるその手が優しくて、逆にぼろぼろと涙が零れてきてしまう。

「樹里先輩、もう居なくなっちゃうんだなって…今更ながら、実感しちゃって」

「うん」

「樹里先輩と一緒に過ごした思い出の詰まったこの場所までなくなっちゃうんだって思ったら、すごく、すごく寂しくて」

「うん…そうだよね」

 しまい込んでおこうと思っていた想いは口を開けば次々と溢れてきて、きっとこれを口にしてしまえば後戻りはできなくなってしまうと分かっていて。でももしかしたらこれで最後かもしれないから、と、敢えて言葉にすることを選んだ。

「樹里先輩、中学の時からずっと、大好きでした」

「私も菜子ちゃんのこと、大好きだよ」

「それは、後輩としての好き、ですか」

 私の言葉を聞いた樹里先輩の目が驚きに見開かれる。樹里先輩の好きはきっと私の好きと違うだろうに、きっと可愛い後輩に向ける親しみの意味で言っているのだと分かっているのに。後輩としてか、なんて尋ねてしまった自分は、本当にズルいと思った。

「すみません、変なこと言っちゃいました。今のは忘れてもらって…」

「ねえ、後輩として、じゃなくてもいいのかな」

「...え」

 樹里先輩の一言に、思考が停止した。先輩はどういう意味で好きだと口にしたのか、全く分からなくて。後輩としてじゃなかったら何なのだろう。友人?まさか妹?私はきっと何か言おうとしている先輩の、次の言葉を待った。

「私、これまで誰とも付き合ったことがないんだよ。ずっと大好きな人がいて、でもきっと一生届かない想いだと思っていたから、告白する勇気もなかったの」

「大好きな、人…」

「もう後悔したくないから、ちゃんと言うよ。誰よりも一番大好きなの、菜子ちゃん。菜子ちゃんが良ければ、私の恋人になって欲しい」

「わ、私も…!私も、樹里先輩に恋人になって欲しいです…ずっとずっと、大好きでした!」

 私は今、夢を見ているのではないかと思った。樹里先輩と一緒に過ごした今日この日のことも、私を見つめて涙を流す嬉しそうな先輩の笑顔も、全部全部、夢なんじゃないかと思った。でも、私の手をそっと握る先輩の手の温もりは、ちゃんと本物だった。

「あと一年だけ、待っててくれますか」

「一年?」

「絶対東京の大学に進学するので、それまで待っててください」

「うん、待ってる。離れてても絶対連絡するし、長期休みにはちゃんと帰ってくるから遊んでね」

「はい!」

 閉園時間を知らせるオルゴール音が鳴り始め、それに合わせて無人で回るメリーゴーランドの光が煌めく。何度も一緒に目にしてきたこの光景も、今日で最後だ。この場所で紡いできたたくさんの思い出は、しっかりと二人の心の中に仕舞って、私達は手を繋いで園の門をくぐった。

「バイバイだね、遊園地」

「…そうですね。なくなっちゃうのはやっぱり寂しいけど…樹里先輩との時間が最後じゃないって思えたから、もう大丈夫です」

 さっきまで寂しくて堪らなかったはずなのに、不思議と心は凪いでいた。

「ねえ、先輩ってちょっと遠いから、呼び方変えて欲しいな?」

「え…じゃ、じゃあ、樹里さん…?」

「うん!それがいい!菜子ちゃん、この後もう少しだけ付き合ってくれる?」

「もちろんです!」

 先輩後輩として過ごす最後のこの日は、恋人としての最初の日。残りの時間を惜しむように、私達は二人で同じ時間を過ごした。

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