第29話 香崎さんのお父さん
「ミミ、その男はなんだ」
テンプレのようなセリフに凍りつく空気、俺は背中にぞっと悪寒が走り何も悪いことはしていないのに冷や汗をかきはじめる。
一方で香崎さんは、むすっとした表情で「別に」と冷たく答えた。
しばしの沈黙、彼の視線が俺を舐めるように見て俺はさらに震え上がる。なんで俺がびびっているのかはわからないが、蛇に睨まれた蛙の如く、俺は動けないでいた。
「君は、誰だね」
「日向夢斗です。えっと……香崎さんとは同じバイト先の仲間で……」
「どうして、娘と歩いている? 日向という家がこの区画にはない認識だが」
「えっと……それはその。もう暗いので香崎さんを送ろうと」
「ほぉ。ミミ、タクシー代がないだろうとどうするのかと思ったらアルバイト先の男の子に迷惑をかけているのか?」
思ったのと違う言葉に俺は拍子抜けした。
てっきり、「娘に近づくな!」とか「娘に男女交際は早い!」とかいうのかと思ったが。一方で香崎さんはむすっとしたまま下を向いてしまった。
「自分は迷惑とか思ってません」
「それはありがとう。娘が一人歩きするのは親としても心配でね。君には感謝しているが、私が言っているのはそうじゃない。ミミ、君は親の反対を押し切ってアルバイトをすると言ったが約束を守らなかった。お父さんはそれに怒っている」
「約束……?」
「送迎できない日はタクシーを使うこと、そしてその代金は自分で払うこと。たったそれだけのことがどうして守れない? どうせお小遣いを無駄遣いしたんだろう」
トレカを買いまくったからです。とは言えないだろうな……。というか、すごくお金があるはずなのに香崎さんの家は結構厳しいらしい。
「どうして、私にだけ過保護にするのよ。まだ夕方だよ? 普通の高校生は22時上がりだって普通に一人で家に帰ってるよ。どうして私ばっかり厳しくされるの? 私がヲタクだから?」
血迷ったのか、香崎さんは俺の背中に隠れるようにしてぎゅっと俺の服を掴んだ。ぐいっと引っ張られてよろけそうになるもなんとか堪える。自然と俺はお父さんと香崎さんに挟まれる形になり……非常に気まずい。
「うちにはうちのルールがある。よその家は関係ない。絵にばかり夢中になって勉強もまともな友人付き合いもしない娘に資金を提供するなんてとんでもない」
お父さんの話の前半部分は理解できる。大切な娘を守ることは親の役目だし夜中に女子高生がほいほい出歩くのは治安がいい高級住宅街でもよろしくはないし心配になるだろう。
でも話の後半部分は賛同できなかった。勉強はほどほどにしたとしても、友人付き合いは別にしなくていいだろう。趣味に没頭している高校生がいたっていいだろう。
「なぁ? 日向君もそうだろう? アニメやゲームばっかりの女の子なんて厄介だろう」
ぎゅっと香崎さんが俺の服をさらに強く掴んだ。彼女の体の震えが伝わってくる。俺は、考えるより前に口が動いていた。
「自分は、アニメやゲームが好きです。だから同じようにアニメやゲームの話をたくさんしてくれる香崎さんを厄介だなんて思ったことは一度もありません。確かに約束を破ったり勉強をサボるのはよくないですけど……でも趣味まで親に管理されることはないと思います」
お父さんは不満げに眉間に皺を寄せた。
俺は負けちゃいけないと思ってじっと彼を見つめ続ける。多分、俺が言ってることはお医者さんのお父さんからしたらほとんど間違っているんだろう。確かに、お金持ちで陽キャでかっこいい男はヲタク女子を目に止めないかもしれない。だから、将来的に香崎さんが幸せになることを考えたらヲタク趣味をやめさせたいのかもしれない。
でも俺はそうは思わないし俺も大好きなアニメやゲームのことを否定されてちょっと怒っていた。
本当にこんなこと言う親がいるんだな。俺は金持ちでもなかったし渉さんだって養父だけど……二人とも俺の好きなものを否定してきたりしないぞ。
「もういい、ミミ。家に入りなさい。日向君、娘を送ってくれてありがとう、迷惑をかけてすまなかったね。今は物騒なんだから君も気をつけて帰りなさい」
香崎さんは少ししてから、俺に「ありがとう」と言って家の中に入っていった。お父さんもそれを見送ってから再び俺に「気をつけなさい」と言ってお辞儀をして家の中に入っていく。
——うわ〜〜〜怖かった。俺絶対結婚の挨拶とか無理なやつだ〜〜〜!!!
俺は震える手を押さえながら急足で家路についた。
*** あとがき ***
読んでくださってありがとうございます!
ぜひ、評価やブックマーク等、応援していただけるとモチベーションになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます