第22話 誰が為のマザーグース③


 それから、メアリの魔女手伝いの日々が始まりました。


 朝、決まった時間にレイモンドの家まで行き、レイモンドに同行します。薬草を一緒に探したり、きのこを採るだけの日もありましたが、誰かの家を訪問することもありました。


「あら、レイモンドさん!」


 その日訪ねたのは、セルキーのニーヴの家でした。坊やが扉を開け、お腹の大きくなったニーヴが、椅子に座ったまま、笑顔で二人を出迎えました。


「こんにちは。体調はいかがですか」

「大丈夫です。いつも来てくださって嬉しいわ。ごめんなさいね、座ったままで」

「いえ、どうかそのままで。楽になさってください」


 レイモンドは向かいに座ると、ニーヴに対し簡単な問診をしました。その間、メアリは坊やが退屈しないように、一緒に遊んであげました。坊やは人懐っこく、メアリにもすぐに心を開いてくれました。


「赤ちゃんが生まれるんだよ!」

「そうね。お兄ちゃんになるのよね」


 二人が話している様子を、ニーヴが嬉しそうに見守っています。


 レイモンドは問診を終えると、立ち上がりました。


「一度家に戻って、薬を取ってきます」

「あ、それなら、私が……」


 メアリが慌てて立ち上がろうとすると、レイモンドは両手を身体の前で開き、押しとどめました。小声でひそひそと話しかけます。


「メアリさんは、ニーヴさんから聞き取りをしてください。私には言いにくい不調もあるかもしれません」

「! わ、わかりました」


 これは大役です。メアリは気を引き締めました。


 メアリにお茶を出そうとするニーヴをひきとめ、代わりに坊やに道具の場所を聞いてお茶を準備します。どうやって切り出せばいいか迷っているうちに、ニーヴが言いました。


「メアリさんは、レイモンドさんのお弟子さんなの?」

「いっ、いいえ! そんな大層なものじゃ……今はお手伝いさせていただいているだけなんです」

「あら、そうなのね」


 ニーヴはおっとりと笑いながら、メアリの淹れたお茶に口をつけ、不思議そうな顔をしました。


「こんな茶葉、あったかしら?」

「あっ、これは、私が持ってきたもので……あの、身体をあたためるお茶なんです。もしかしたら、腰が痛かったり、足が痛かったりするかもしれないんですが、これを飲むと血のめぐりがよくなって、少し痛みもやわらぐかもしれません……」


 そこまで話した後、ニーヴが驚いているのを見て、メアリは蒼白になり、頭をがばっと下げました。


「す、すみません、余計なことをして! あの、妊婦さんに害のあるお茶ではないですから!」

「いえ、違うわ、謝らないでくださいな。どうして腰や足が痛いってわかったのかしらと思っただけなのよ」

「歩くのが大変で座りっぱなしだと、そうなりやすいんです……あの、母がいつも、腰や足が痛いって言っていたから……」


 そう言いながら、メアリはお湯を桶に入れて持って来ました。


「よ、よかったら、足をマッサージします。座ったままで大丈夫ですから」

「まあ、お客さんにそんなことさせられないわ!」


 メアリはへにゃりと笑いました。


「大丈夫です。お嫌じゃなかったら、やらせてください。私、うまいんです」

「でも……ああ、いいのかしら」


 恐縮するニーヴのふくらはぎをや足の指を、メアリはお湯の中でほぐしていきました。


「嬉しい、とても気持ちがいいわ。どうもありがとうございます。こんなことしてもらえたのは初めてよ」


 うっとりと目を閉じたニーヴは、本当に幸せそうでした。メアリは胸の奥にあたたかい思いを感じながら、ニーヴに聞いてみました。


「あの、困ったこととかありませんか? 旦那さんとか、えっと、レイモンドさんには言いにくいことで……私、なんだったら、お二人には言いませんから」


 そうね、とニーヴは頰に手を当てました。


「大したことじゃないんだけど……ちょっとね、お通じがなかなか出ないのよ。男の人たちには言いづらくって、言えなかったんだけど」

「それなら、お腹にいい茶葉があります。いくつか置いていきますね」

「まあまあ、何から何までありがとう」


 お湯が人肌になってきた頃、レイモンドが戻ってきました。その時にはニーヴとメアリはすっかりうちとけて、坊やと一緒に、この頃美味しくなってくる果物の話で盛り上がっていました。


 ニーヴの家を出て、他の人の家に向かいながら、レイモンドは言いました。


「ニーヴさん、とても嬉しそうでしたね。ありがとうございます、メアリさんのおかげです」

「いえ、大したことは……それより、ニーヴさんの赤ちゃんが産まれる日って、結構近そうですよね? その……レイモンドさんが取り上げるんですか?」

「基本は知り合いの、女性の魔女に頼んでいます。私は妊娠されている方ご本人に聞いて、どこまで手伝っていいかをお聞きします。なじみの顔がいたほうがいいからと、立ち会いを望まれる方もいらっしゃいますし、できれば完全に生まれた後に来てほしいという方も多いですよ」

「そうなんですか……男の人の魔女さんって、その、大変そうですね」


 言ってしまってから、余計なことを言ったような気がして、メアリは慌てました。しかし、レイモンドは全く気にしていない様子で少し笑いました。


「向き不向きを感じることはありますね。私に向いていることは私がやりますし、そうでないことはペトロニーラや他の魔女に頼みます」

「私も、さっきみたいにできることがあったら手伝います。できることはそんなにないけど……」

「とても助かっていますよ」


 レイモンドは褒め上手だな、とメアリは思いました。こんな風に人を褒めることのできる素敵な人になれたらいいのに、としみじみ思いながら、前を行くレイモンドの背中を見つめていました。

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