第21話 誰が為のマザーグース②
「どうして、そう思うようになったのですか」
レイモンドの問いに、メアリは一段一段階段を下りていくように、ぽつぽつと答え始めました。
「私はこの前の春まで、お母さんと、おばあちゃんと一緒に暮らしていました。お父さんは昔出かけたきり帰ってこなくて、おじいちゃんは私が生まれた頃には亡くなっていました。お母さんは病気で寝ていることが多くて、おばあちゃんもお年寄りだから、たくさん働くことはできなくて、二人のお世話はいつも私がしていました」
レイモンドは深くうなずきました。
「だけど、春に二人が相次いで亡くなりました。村に流行った病が、二人の命を奪ったんです。元気な人なら三日寝込むだけで治っちゃうような病だったけど、二人は耐えきれませんでした。二人がいなくなって、葬儀も終わって、私は家にひとりぼっちになりました。私のことをいつも心配してくれていた隣の家の人が訪ねて来てくれて、『もうメアリちゃんは、自由に生きていいんだよ』って言いました。それで初めて、私は今まで自由じゃなかったんだって思ったんです」
メアリは顔を上げました。その目は遠くを見つめていました。
「自由ってよくわからなくて……私と同じくらいの歳の子たちは、もうみんな結婚して、小さな子供もいたりして。でも、私には友達も、恋人もいません。遊んだっていいんだよって言われたけど、遊ぶって何をすればいいかわからないし。何が楽しかったかって言っても、あまり思い出せないし。楽しくなかったわけじゃないんです、お母さんとおばあちゃんと暮らすのは幸せなことだったんだと思います。二人はいつも、メアリがいてくれてよかった、メアリは優しい子、きっと神様が見ていてくださるって言って……ぼうっとしていると、いつもみたいにおばあちゃんの身体を拭く布を用意していて、ああもうおばあちゃんはいないんだって思って……」
メアリはふと、何かを見失ったように、呆然としました。
それから、目の前で泡がはじけたようにハッとして、また愛想笑いを浮かべました。
「ごめんなさい、ダラダラしゃべっちゃって。あの、私もこのままじゃいけないってわかってるんです。二人を悲しませないためにも、私がしっかりしなくちゃ。これから、私なんだってできるんですものね。夜まで遊んだっていいし、お菓子もひとりじめできるし、恋人だって作って……って、思ったん、ですけど」
レイモンドはメアリの目を見つめたまま、また深くうなずきました。
「……何をやっても楽しくないんです。もう、楽しいって気持ちがわかんなくなっちゃったんです。そうしているうちに、私、何のために生きてきたんだろうって。お母さんとおばあちゃんのお世話をするために生まれて、二人がいなくなったら、もう私の生きている意味ってなくなっちゃったのかな……って思って……それって、なんか、むなしい……なあ、って」
メアリはぶんぶんと首を振って、また笑いました。
「すみません。意味わかんないですよね。どうしたらいいかもちゃんと言えてないし。あの、私、でも、変わらなくちゃって思って、ごめんなさい、もっとちゃんと考えてこないといけなかったのに」
「大丈夫ですよ。大丈夫」
レイモンドは優しい声で言って、ほほえみました。
「メアリさん、よく話してくださいましたね。変わりたいとおっしゃっていましたが、これからどうやって変わっていきたいですか」
「え……っと。とりあえず、仕事を見つけて、ちゃんと生きていかなくちゃって思っています。今の私は、お世話しかしてこなかったから、とにかく常識がなくて、周りの子とも全然違って……でも他の人に、迷惑をかけないようにしなくちゃ。このままじゃだめだから……」
「わかりました」
レイモンドは立ち上がりました。
「それならメアリさん、明日から私の手伝いをしてみませんか」
「え?」
「もちろんお礼はお支払いします。メアリさんがわからないことは、私がお伝えします。仕事をしながら、世の中を学ぶことができますよ」
「で、でも私、お役に立てないでしょうし、魔女さまに迷惑ばかりかけてしまうと思います」
「それはやってみないとわかりません。私のほうでも、メアリさんにぴったりの仕事をしていただくようにはからいます。それに今、手が足りなくて困っているので、メアリさんがいてくだされば、本当に助かるのですが」
メアリは立ち上がり、おどおどとレイモンドを見つめました。
「それなら……あの、少しでも、お手伝いができれば……」
「ありがとうございます」
魔女は手をさしだしました。メアリはためらいがちに、その手を握ります。
お母さんやおばあちゃんのものよりも大きくて、硬く、骨ばった男性の手は、それでもあたたかくて、優しさに満ちていたのでした。
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