第18話 ブラウニー裁判③
「何がおかしいと思ったんだい」
レイモンドはパセリのほっぺたを、ふにふにと触りながら聞きました。
「この家の不幸って、鍋がなくなったり、坊ちゃんが悪い友達と付き合ったり、おかみさんが転んで足をくじいたことだったじゃないですか? でも今のお話を聞いていると、鍋がなくなったのは旦那さんが直していたからだし、坊ちゃんが付き合っているのはいい人たちですし、おかみさんが足をくじいたのは……」
「寝不足でふらふらして、転んだからなんじゃないの」
息子があきれたように後を引き取りました。
「ええ……? じゃあこの家には、そもそも不幸が起こっていないってことですか?」
おかみさんが周りをきょろきょろと見回します。
誰も何も言いませんでした。一体何が起こっているのか、わからない人が多かったのです。
レイモンドが、静かに口を開きました。
「そうです。そもそもこの家からは、ブラウニーがいなくなってなどいないのですから」
家族は驚きに息を呑みました。
「んんん……どういうことなんでしょうか……」
顔の中心にある鼻にしわをいっぱい寄せて、難しい顔をして考え込むパセリは、見事に皆の言葉を代弁していたと言えます。
レイモンドはほほえみながらパセリを撫でると、ずっと黙っているダンのほうを見ました。
「どうしますか、ダンさん。私の口から説明いたしますか?」
腕組みをしていたダンは、うながしを受けると、やんわりと腕を解いて、
「……なんだ、もう劇は終わりかい?」
優しい優しい好好爺の笑みを浮かべました。
「魔女さんも付き合ってくれてありがとうよ、ここからはわしが説明しよう」
ダンはひげを整えながら、穏やかに話し始めました。
「わしは五年前からこの家に住ませてもらっていた。色々と手伝いをしたが、この家はなかなか裕福にならない。わしがこれまで住んできた家は、どこも恵まれてきたというのにだ。一体どうしたことかと思ったわしは、古くからの友達のところにしばらく行っていた。少し出かけていただけだったんだよ。だがその間に、この素直じゃない一家ときたら、お互いを思い合っているというのに、行き違いで喧嘩ばかりしているじゃないか。わしは困って、わしを探しにきた魔女さんに事情を説明し、一芝居打ってもらうことにしたのさ」
「すみませんでした」
レイモンドは苦笑して肩をすくめます。
旦那さんが身を乗り出しました。
「じゃあ本当は、何もかもお見通しだったってわけかい?」
「当たり前だ。何年生きていると思っておる」
ダンは椅子からぴょんと飛んでおりると、パセリの前で頭を下げました。
「ブタちゃんや、怯えさせてすまなかったなあ。わしは人と話せるのが嬉しくて嬉しくて、つい意地悪を言ってしまいたくなってしまったんだよ。お前さんには迷惑をかけたね」
「いやぁ、名演技でしたねぇ」
パセリは気のいいブタなのです。
ダンは振り返り、家族を見上げました。
「わしがお前たちに幸運をもたらせなかったのは、わしが歳をとったからだ。もう力が足りんと言われたよ。だがわしがここにいたままじゃ、他のブラウニーが来られない。わしは引退する」
春のひざしのような顔で優しい声をかけられ、三人はかける言葉が見つかりません。
「心配するな、わしは幸福をもたらさなかったのだから、わしがいなくなっても不幸ももたらしはせんよ。きっときっと、お前さんたちには今にも幸運が訪れる。新たなブラウニーが来る日も近いだろう」
ダンは帽子を脱いでおじぎをしました。
「い、引退って、どこに行くんだ」
旦那さんが聞きます。
「ここ以外のどこかだ。そこでひっそりと暮らさせてもらうさ」
「だけどじきに冬が来るんですよ。せめてそれまでは家にいたらどうですか、なんのおもてなしもできませんけど」
ブラウニーはにっこりと、しわを深くして笑いました。
「お前さんたちは本当にいい人だ。ありがとうよ」
家族は途方に暮れました。このままお別れでいいんだろうか、と皆が思っていました。
この善き同居人のことが、皆好きになり始めていたのです。
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