第17話 ブラウニー裁判②
「やめろやめろ、ブタちゃんは耳がいいんだぞ。お前たちの声で、俺っちも耳がどうにかなっちまいそうだ。見苦しい喧嘩はよせっての」
旦那さんが止めようとしましたが、二人の矛先が変わっただけでした。
「元々はあんたが家に無関心すぎるのがいけないんですよ!」
「普段家が揺れるくらいのいびきをかいてるのは誰だよ!」
旦那さんがしおれた花のようになってしまうと、またおかみさんと息子は言い争いを再開しました。
レイモンドはパセリの耳を手で閉ざしてやりながら、どうしたものかと思案していましたが、そこにダンがにじり寄ってきました。
「なあ魔女さんや、連中の口を閉じる呪文ってのはないのかい。ニワトリに変えてしまう呪文でもいいぜ」
「あるにはありますが……」
レイモンドの答えを聞いて、おかみさんと息子の口がぴたりと止まりました。旦那さんも、驚いた顔で魔女を見ます。
「なら唱えてやってくれ。わしが焼いて食っちまうからよ」
「冗談じゃないわ! そんなの、神様が許しませんから!」
「ほうら、よく鳴くニワトリだ。さぞかしうめえだろうよ」
「やってみろよ。ニワトリになったら、お前の自慢の帽子をつついて穴だらけにしてやる」
おかみさんと息子、それからダンはにらみあいました。ちなみに旦那さんはまだしおれています。
「……あっ、レイモンド様! あちらのネズミが、パンを狙っていますよう!」
突然パセリが鼻をはね上げました。
皆が台所のネズミを目撃した瞬間、レイモンドの腕がさっと動きました。次の瞬間、黒いネズミのいたところには、大きなどんぐりが転がっていました。
レイモンドに許可を得て、パセリがそのどんぐりを美味しそうに食べ始めます。
実のところ、レイモンドの魔法は何にでも使えるわけではないですし、彼は人間にはこの魔法を使わないことにしていました。そもそも、今唱えたのは姿を変えるものではなくて、物の場所を入れ替える魔法です。今頃ネズミは森で走っていることでしょう。
だけど、さっきから怯えていたパセリがあまりにもかわいそうだったものですから、皆を静かにさせておくためにも、それは黙っておくことにしました。
「それでは、ダンさんのご要望を具体的にしてみましょうか」
何事もなかったかのように話してみましたが、期待通り、口を挟む者はいませんでした。
「罪を償うというのは、謝罪をもらえればいいということなのでしょうか? それとも、補償としての物品をご所望ですか?」
「……そうだな。少なくとも、この家いっぱいのミルクと酒がもらえなきゃ、わしがここに戻ってくることはないと思え」
「ダンさんはそうおっしゃっていますが、皆さんはどうですか?」
レイモンドが三人を見ると、この家の皆は、それぞれが意図を探り合うように、お互いの顔をちらちらと見ました。
「そんなの、払えっこないんでさ」
旦那さんが、ぼそりとつぶやきました。
「近頃はめっきり仕事が減っちまって、俺っちはよその仕事を手伝ってるくらいだ。かあちゃんが羽根や木の実を置いたのは、意地悪でも怠けでもねえ。家に金がねえからだよ」
威勢のよかったダンは、急に言葉を詰まらせました。
「だ、だが……わしはこいつが隠れて行商人から何か買ってきているのを見ていたぞ! 本当に金がないなら、そんなことできっこないだろう!」
「そうなのか、かあちゃん」
旦那さんが落ち着いた調子で問いかけると、おかみさんは上目遣いで夫を見ました。それからため息をつくと、くじいている足をかばいながら歩いていき、戸棚から編みかけのベストを取り出しました。
「糸と布を買ったんですよ。最近寒くなってきましたからね、あんたたちが寒くないようにって。粗末なものしか買えなかったけど、ないよりはましでしょ」
「そうか……ありがとうな、かあちゃん。最近遅くまで起きているとは思っていたんだ」
旦那さんは立ち上がって、おかみさんの肩にそっと両手を置きました。息子は頬杖をついてあさっての方向を見ていますが、黙っているのが何より彼の心を表しているようでした。
「な、なら、そこの坊主はどうなんだ! 悪い仲間とつるんで、金もうけでもしているんじゃないのか!」
指さされた息子は、面倒くさそうに答えました。
「あのさ、悪い悪いって言うけど、俺たちが何してるか知ってるわけ?」
「どうせろくでもないことに決まっている!」
「俺たちは足の悪い年寄りのために、木の実とか薪とか拾ってきてんだよ。それでお駄賃もらってるの。俺だって、この家が今どれくらい貧しいかくらい、わかってるんだからさ」
おや……風向きが変わってきましたよ。
「じゃ、じゃあこいつはどうだ! この間、鍋を持ってこっそり出ていくところを見たぞ! そこにお宝を入れて、ひとりじめしているんじゃないのか!」
「鍋がなくなったと思っていたのよ。あんたが持って行っていたんですか!」
皆の視線が、一斉に旦那さんに集まりました。
旦那さんは照れくさそうに笑いました。
「これは内緒にしておきたかったんだが……まあ、こうなったら言うさ。かあちゃんが壊れかけの鍋をそのまま使っているもんだから、誕生日までに、作り立てみたいに直してやる予定だったんだよ。今は工房に置いてある」
「あ、あんた……」
おかみさん、これにはグラリと来たようです。二人がしばし見つめ合う中、息子がため息をつきました。
「……あれぇ?」
パセリが首をかしげました。
「おかしいですよ、レイモンド様」
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